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Renegade-裏切りの-3
三人の正面から敵幹部の隹はその姿を現した。
薄闇の中で手にしたナイフが不敵な光を発している。
水晶の双眸も同様で、獲物に標準を定めた禽獣の眼を彷彿とさせる眼差しをしていた。
「隹」
思わず名を零した式を見、隹は笑う。
背筋に悪寒が走るまでの冷ややかな笑みに式は釘づけとなった。
そうか。
俺はもう奴の嘴に半身を切り裂かれているのか。
臨戦態勢に入った赤穴の肩越しに冷然と笑う隹を見つめながら、式は、我が身に食い込む強靭な爪を痛感した。
奴からはもう逃げられないのだろう。
この半身ももう殆ど囚われの身だ。
それならばいっそ。
「式!?」
式は赤穴を追い越し、その部下の横も擦り抜けて、隹目掛け一気に突進した。
地下室を出た際に渡されていた護身用のナイフを逆手に翳し、その懐目掛けて一閃した。
容易にかわした隹に間髪入れず次の一閃を切り込んで式は言い放つ。
「行ってください! ここは俺が食い止める!」
赤穴は初めて目の当たりにする隹の強さを肌身で察していた。
下手に式の助太刀に入れば攻撃のリズムを崩し、共に討たれる恐れがある。
かと言って助けにきた仲間を置き去りにするのも憚られ、冷静沈着な彼にしては珍しく逡巡した。
「早く!」
全力で向かってくる式に愉悦し、隹も、繰り出す一撃に手加減なしの力を込めた。
刃同士のぶつかる音が鼓膜を過敏に震わせる。
研ぎ澄まされた五感が火花をちらつかせるかの如くぶつかり合う。
「……行くぞ」
赤穴の言葉に部下は目を見張らせたが、反論はせず、敵と刃をぶつけ合う式に真摯なる視線を向けるのみに留めた。
二人はその場から去った。
彼等の撤退を確認してからも式はナイフを振るい続けた。
「お前のせいで殺し損ねた」
姿勢を低くした隹がナイフを振り仰いだ。
頬に熱い痛みが走り、それでも怯まず、式は風を切るような回し蹴りを繰り出す。
「ああ、当然だ。二人は大切な仲間だった」
一瞬、隹の攻撃が途切れた。
式はその隙を見逃さずに懇親の力を込めて彼の脇腹を蹴り込んだ。
「ッ」
よろけた隹が大木に背中を打ちつける。
何の迷いもなしにナイフを捨てた式は敵幹部の絶好の隙を見逃して、身を寄せ、荒い息を吐き出したその唇に自ら口づけた。
隹も続いて凶器を手放すと未だ力に漲る両手で式のしなやかな体を抱き寄せた。
まるで先ほどの戦闘を引き摺るような勢いで互いの唇を攻め立て、蹂躙する。
熱を持ち始めた息遣いは濡れた口元へ零れ、唾液と共に相手の喉元へと伝っていく。
濃密に絡めていた舌先を名残惜しげに解くと、隹は、自身が傷つけた式の頬の血を舐め取った。
「初めてだな……お前から欲しがってくるなんて」
もう一度舌尖を繋げ、ざらついた感触を愉しみながら隹が言う。
自分の膝頭に押しつけるようにして腰を摺り寄せてくる式に欲望は加速するばかりだ。
こちらから摩擦してやると喉奥で切なげに声を詰まらせる様は扇情的で仕方ない。
身を離した式は青水晶の双眸を覗き込んで隹をあからさまに強請った。
「今、ここで、お前が欲しい、隹……」
いっそこの半身も食い尽くされてしまえばいい。
無駄な煩悶も常に正しい仲間への憧憬も。
奴に抱く殺意寸前の邪な愛情と比べれば、溶けて消えてなくなっても、悔いはない……。
「いつからそんな強欲になった、式?」
隹に下肢の服を手早く脱がされる。
「俺の部下に見られるかもしれないな」
「あ……!」
筋張った手で鷲掴みにされて急速に扱き立てられる。
場所を代わり、大木の堅い樹皮に背中を寄りかからせた式は呻吟し、身悶えた。
シャツを肌蹴させられて曝された胸の突端には執拗な口づけが刻まれる。
犬歯に噛み解されると抑えようのない色香を含んだ声が上がった。
「それとも見られて本望か? お前を慕うセラ中尉辺りに……な」
口づけが肌伝いに落ちていき、とうとう、式の隆起にまでそれは及んだ。
「……ッ、隹……ッ」
急に始まった激しい口淫に式は背を反らした。
木々がさざめく森の片隅で浮ついた視線を所在無く泳がせる。
絶えず揺れ動く隹の後頭部に片手を添え、樹皮に背中を擦りつけ、貪欲に喰らいついてくる唇に腰を揺らめかせて。
夜気は凍てついているのに体の芯は欲深な火照りに犯されてどうしようもなく発熱していた。
奥底に刻み付けられた肉欲の痕が疼き、次の荒淫を欲してもどかしげに収縮する。
「もう一度言ってみろ、式」
隹はこれみよがしに先走りを飲み干すと式に囁いた。
屈強な肩に両腕を回した式は切れ長な目に明け透けな欲情を宿らせて繰り返す。
「欲しい……隹……」
「仲間を捨ててでも?」
剥き出しとなった足の片方を隹の脇腹に絡ませて式は答えた。
「お前に食い尽くされたい」
最後の一滴まで注ぎ込むように肉の奥深くへ傲慢に腰を穿つ。
小刻みに痙攣する式の背中をきつく抱き締め、汗ばむ肌に新たなキスを刻んで、隹は思った。
もう戻れないな、と。
戻る必要もないと。
皮膚を突き刺す極限の寒さに覆い尽くされた荒涼たる故郷も、それに縛られた同胞も、まるで不要であった。
この男がそばにいればいい。
他は何もいらない。
「……隹……」
共にヴァルハラへ、式。
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