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罪ニ罰/悪魔×神父
■「せっかくの捧げものを無駄にするのか、式」
グロテスク・残酷描写あり
そのサバトには生贄が必要だった。
穢れなき、若く美しい聖職者が必要不可欠だった。
悪魔崇拝を掲げる異端者達の集いは方々を探し、完璧なる対象を見つけ出した。
彼は田舎にある小さくも自然が豊かな村の教会で慎ましい人々を導く神父だった。
心優しく、誰にも分け隔てない、清き青年。
白い薔薇に彩られた庭に佇むその姿は午後の緩やかな日差しの中で常に凛としていた。
切れ長な双眸の紡ぐ眼差しは静謐で、微笑に飾られた顔は激情を伴う醜さとは無縁な聖母像のよう。
サバトの日は迫っていた。
邪悪なる信仰に忠実な彼等はその村の教会で呪われし饗宴を開くことにした。
新月の夜、捕らえた神父の心臓に短剣を突き刺し、貪欲な闇に聖なる血を流した。
血が止まらない。
かつてない苦痛と恐怖が心身を支配している。
だが、それも束の間のこと。
もうじきこの命は消える。
これも神の決められた道なのだろう。
私は従うだけ。
秘薬により動きを封じられた式は神父の装束のまま祭壇に横たえられていた。
黒いローブを身に纏う者達は身を屈め禍々しい祈りを唱えている。
たくさんの蝋燭の灯火は不穏に揺らめき。
閉ざされた窓は風に軋み。
冷えた夜気に混ざりゆく鮮血の臭気。
誰を呪うでもなく式はそっと目を瞑った。
その時である。
猛々しい翼の風切り音が闇を震わせたのは。
「誰が殺せと言った、無能共が」
薄れかけていた式の意識がいくらか鮮明となった。
見慣れた木造の天井を霞む眼で見上げる。
生から死へ誘われようとしている彼は周囲の変化に全く気づけずにいた。
延々と続いていた祈りが途絶え、不気味な沈黙が教会を一瞬支配した後に、それは始まった。
隣の者が隣の者に襲いかかり。
爪で皮膚を削り。
指で目玉を抉り。
歯で肉を引き千切る。
生温い血が飛び散って床を汚し、潰された肉塊が次々と落ち、毛髪がついたままの頭皮が壁に鈍い音を立ててへばりつく。
断末魔じみた咆哮を上げながらの血みどろの共食いが繰り広げられていた。
彼等の意に反する予想外の悪夢であった。
「何世紀経とうと地上は馬鹿ばかりだ」
いつの間にか祭壇の横に彼は立っていた。
血を溢れさせる式を限りなく透明に近い水晶の眼が愉快そうに見下ろしている。
羽織られた黒いスーツは共食いに狂う者達のローブより深い漆黒の色をしていた。
「ッ……!」
彼は式の胸に突き立てられていた短剣を引き抜いた。
途端に出血が量を増し、式は目を見開かせる。
最早死は目前であった。双眸の白みが命の消滅を物語る。
最期の声も出せずに無情な死へと呑まれる寸前だった。
不意に、彼は祭壇に乗り上がった。
痙攣する式を抱き上げて笑いながら言う。
「今宵の生贄の心臓にキスしてやろう」
そして彼は式の傷口に荒々しく手を突っ込んだ。
式は、絶叫、した。
あるまじき体内への侵入に血肉が、骨が、悲鳴を上げる。
心臓を鷲掴みにされた際には全身が機械人形の如く跳ね上がった。
彼の手から新たな命が与えられた心臓は活発な鼓動を開始する。
彼が一思いに手を引き抜くと無残に剥き出されていた傷口は嘘のように跡形もなく塞がった。
「あっ、はぁっ、うあ、あっ」
急な回復に式の意識は当然ついていかない。
苦痛は消えたが、正常な呼吸の仕方を忘れた神父は咽るように喘ぐ。
彼はそんな式を見つめていた。
聖職者の血で滑る手に長い舌を這わせながら、細身の体を抱き締めたまま。
「なかなかいいな、お前は。選択については有能だったか。大食の罪はやめておこう」
彼が指を鳴らすと悪魔信仰者達は共食いをやめた。
現実に引き戻された彼等は五体が満足でない我が身に発狂するだけだ。
いっそ意識を乗っ取られたまま互いに食い尽くされていた方が、なされるがまま死へと突き落とされていた方が、どれだけ楽であっただろうか。
唾液と血でふんだんに濁る式の下顎に彼はしゃぶりついた。
卑猥な舌なめずりの音を響かせて、啜る。
鋭く伸びた爪で神父服をゆっくりと裂いて真珠色の肌を外気に曝していく。
狂的な口づけが唇に届いたところで、式は、やっと現実へと目覚めた。
口腔に溜まっていた血液を吸い取られて呻く。
虚ろに彷徨っていた視線が床で身悶える彼等を捉えると、その双眸は震え上がった。
踵を齧られた者は立てずにいる。
片目を抉り取られた者は泣き喚きながらもう片方の眼球を探す。
喉を噛み千切られた者は呼吸をするのに必死だ。
哀れな彼等は死ぬこともできずに惨たらしい生に繋がれていた。
「こ、れは……何……」
「お前への賛歌だ」
己の肌を虐げるその者を式は今初めて見た。
「俺からお前に捧げる祈りだ」
「容易く暴かれた肉欲は鋼の鎖となって我が身を戒め清き光を遠ざけた」
長年着続けた神父服を脱ぎ捨て、誰に告げるでもなく一人村を後にし、式は海へ向かった。
灰色の空の下、寄せては返す波に足先を浸し、世にも色褪せた眼差しでその身を海へと委ねていった。
神の国への道は閉ざされた。
誘惑に打ち勝てず甘い声に狂わされた私は、もう、誰も導くことのできない罪人。
不埒な口づけに犯された唇はもう何の祈りも唱えられない。
我が身は罪深い。
死して地獄へ堕ちよう。
やがて式の体は風に荒れる海へと呑まれた。
海水が口腔に満ち、気管を塞ぐ。
息のできない苦しみに襲われて四肢が痙攣した。
溺れ行く極限の心細さに心臓が押し潰されそうになる。
だがしかし、いつまで経っても式の意識はそこにあった。
死は一向に訪れず狂いそうになるほどの息苦しさが延々と続く。
ただ深く、暗闇が這う海の底へと沈んでいく。
そうか。
悪魔に息を吹き込まれた我が身は呪われて尊い生命の道理は失われてしまったのか。
でも、これでいい。
冷たい海底の暗闇で朽ちることさえ叶わずに永劫の苦しみを貫くのも。
「せっかくの捧げものを無駄にするのか、式」
無数の泡沫の中に黒き翼が海水を裂くようにして美しく不敵に翻るのを沈み行く彼は見た。
絡み取られた舌が己の血と共に淫らに弄ばれる。
死人間際の彼等が奏でる哀れな嗚咽が教会を満たす中、その微かな音色がいやに鼓膜にこびりついて離れなかった。
「お前の血は美味だな」
歯列をくすぐる舌尖に次から次に唾液がこみ上げてくる。
曝された肌を辿る五指は巧みに蠢いて、今まで奥底に秘められていた式の肉欲をふんだんに煽った。
「もっとお前を味わいたい」
拒絶も、信仰も、泡と消えた。
たった一夜にして式は欲望の檻へ囚われた。
寝台の天蓋が音もなく静かに揺れる。
抱き締められた体に注がれる冷えた熱の温度に式は何度も魘された。
海の味が残る皮膚には執拗な愛撫が綴られる。
我が身に猛々しい楔が打ち込まれると快楽に濡れた悲鳴が上がった。
「所詮は依代の肉体だが。お前に跨がることができるなら人間でい続けるのも悪くない」
その唇からこの耳へ落ちる声音は甘美で、理性を蹂躙し、暗黒の奈落へ突き落とす。
生け捕られた式は彼のなすがままだった。
「もっと欲しがってみろ、式」
式自ら開いた両足の狭間に腰を据えた彼は貪欲に繋げた身を揺らめかせて言う。
喘いで、泣き、先を哀願し、声を上げる式にそれ以上の堕落を強請る。
喉元を擽っていた指先で唇を割られ、舌を擽られ、式は涙と共にその言葉を紡いだ。
「いい子だ、式」
忌まわしきこの大罪はいつまで私を捕らえるのだろう?
「永遠がいつか壊れるその日まで」
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