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グロテスクブルー/上級生×下級生
■「女みたいだな、お前」
何物からも守ってくれる上級生の笑みに彼の心は甘く震えた。
「会いたかった」
破滅を恐れて決別を選んで、そして、彼はかつての上級生と再会する。
「お前を俺だけのものにできたらどんなに幸せだろうな」
それは心のどこかで予期していた邂逅。
いつかこんな日が来るのではないか。
気がつけば胸の奥深くに巣食っていた悪性の懸念が現実と化しただけであった。
全寮制の学園で式は彼と出会った。
品行方正の優等生が生徒の大半を占める中、制服を着崩し、他者を威圧する鋭い眼差しの持ち主は全校生の誰もが知る異色の存在だった。
随分と昔に建てられた重厚感漂う校舎において、猛禽類さながらに鋭い双眸は影絵の如き教職者達をいつだって嘲笑し、風変わりな美術教師と中庭で棒切れ片手に論文を語るような自由奔放な性格でもあった。
生徒の中には自由気ままな彼を軽蔑する者もいれば憧れる者もいた。
学園に入ったばかりの式にとって彼はまるで無関係な上級生でしかなかった。
卒業するまで接触さえ持たない相手だろうと、大した感情を持ち合わせることもなく、そばで交わされる噂話を聞き流すくらいの対象であった。
その日までは。
学内で最も歴史ある古めかしい図書館の片隅で式は彼と遭遇した。
本棚の上部に並ぶ詩集をとるのに難儀していたら、不意に現れた彼が背後から本を取ってくれたのだ。
「女みたいだな、お前」
呆気にとられていた式に詩集を手渡すと彼は笑った。
重苦しい空気が沈殿する厳かな建物の中で彼が醸し出すその色はやはり際立っていた。
厳粛なる雰囲気を否応なしに崩す図太い鮮やかさというか。
初めて至近距離で目の当たりにした式は半ば中てられてしまい、とてつもなくぎこちない礼を述べた。
背中を屈めた彼に顔を覗き込まれると何も言えなくなった。
「お前、名前は?」
式は真正面の双眸に写り込んだ自分を見上げ、かろうじて名を告げた。
彼は肩の位置がずれていた式のブレザーを直してやり、不敵に笑った。
「俺は隹だ」
その日から隹は式の前によく姿を見せるようになった。
カフェテリアの片隅で一人食事をしていたらサンドイッチを頬張りながら向かい側に座ったり、教室の移動中に隣を颯爽とついてきたりと、気紛れな猫のように傍らに寄り添うようになった。
猫だから当然しょっちゅう付き纏ってくるわけではない。
廊下で擦れ違う際、一時間前の態度とは打って変わって平然と素通りされるときもあった。
式は困惑したものの、奔放な上級生の暇潰しとしてからかわれているのだろうと思い至り、話しかけられたら対応し、無視されたら無言で退いた。
元より人付き合いが苦手で単独行動をとる性格であった式は周囲と過剰な干渉を持ちたがらなかった。
だから隹の気紛れに傷ついたり苛立ったりすることもなかった。
どこにいても注目を浴びる、色鮮やかな空気を持つ隹に全く惹かれなかったといえば嘘になる。
校則や軽蔑をものともしない彼はどこまでも自由で強く、閉鎖的な空間において純粋な憧れを抱かせる対象に相応しかった。
いつしか歪に崩れていく関係とも知らずに式は少し身近な存在となった隹を当初は憧憬していたのである。
歪な波紋を落とす引き鉄となったのは一人の教師だった。
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