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グロテスクブルー-2

矢鱈と肩や手に触れてくる男だとは思っていた。 古典文学の授業をとっていた式は論文の訂正で放課後に呼び出され、その教師の部屋へと出向いた。 朝から雨がひどい日で古い建物の中は冷え冷えとしていた。 薄暗く、準備室前の電灯が切れかけて点滅していたのを今でも覚えている。 式はその日その男に犯された。 まだ精通も迎えていなかった身に打ち込まれた楔はとてつもない痛みを招き、恐怖を齎した。 ことが済むと教師は虚脱しかかっていた式を抱き締めて傲慢な口づけを繰り返した。 我に返った式は吐き気を覚え、両手首を拘束していたロープの緩みに気づき、彼を突き飛ばしてその場から逃げ出した。 一人になりたかった。 ルームメートがいる寮部屋に帰るのも嫌で、誰にも顔を見られないよう深く俯いて図書館に入り、広い館内の片隅で膝を抱いてじっとしていた。 「式」 そんな姿を隹に見られた。 ブレザーは肌蹴てボタンはいくつか弾け飛び、唇には自分の血が滲んでいる有様を。 誰とも視線を合わせたくなかった式はすぐにまた深く俯いた。 長い間そうしていた。 壁の向こうでする雨音を虚ろな気持ちで聞いていた。 何も考えたくなく、動くのも億劫だった式は閉館時間が過ぎてもそこで蹲っていた。 明かりが消えて薄闇が辺りに満ちる。 足音も消え去り、聞こえてくるのは降り続く雨の音だけ。 いつまでも燻る痛みが煩わしくて堪らなかった。 いっそ死んで終わらせたら……。 「式」 顔を上げると先ほどと同じ場所に隹が立っていた。 「隣、行っていいか」 薄闇の中だと彼の双眸はさらに鋭さを増すようだった。 寮の門限が大幅に過ぎた時間帯、静寂しかない図書館の空気を彼の息遣いがそっと揺らす。 消灯後に増した冷気が手足を苛んでいて寒い。 かじかんだ式の指先は微かに震えていた。 「……」 自分の肩にかけられたブレザーの温もりに頑なに凍てついていた心まで温められて。 式は、やっと隹と視線を合わせた。 隹は式を見つめていた。 おもむろに伸ばされた手が赤く滲んだままの口元に触れるか触れないかの距離で止まった。 「……忘れたい」 ぽつりと式はそんな言葉を洩らした。 「あんなこと……忘れたい……」 真っ直ぐな鋭い眼差しに呑まれたような、熱に魘されたような声が、冷ややかな薄闇に落ちた。 「忘れさせて、隹」 虐げられた肌に残る痕跡を新たな愛撫と口づけでもって拭ってほしい。 血肉の奥深くに刻まれた忌々しい痛みも貴方が注ぐ痛みで塗り替えて。 貴方になら構わないから、隹。 「……ン」 抱き締めてきた両腕に身を委ねて唇を開き、式は隹と濡れた吐息を直に交わした。 雨音に上乗せされた衣擦れの音と徐々に上擦っていく呼吸を聞きながらその身を惜しげもなく明け渡した。 「あ……あ……」 ロープに拘束されて伸しかかられた苦痛のひと時、微塵も得られなかった興奮の火照りが全身に満ちていくのを式ははっきりと感じ取った。 初めての欲望に素直に反応して肢体を震わせる。 白濁した蜜の零れ出る感触が下肢に広がると声を上げ、その先を隹に望んだ。 それまで意識から蔑ろにして気にも留めてこなかった性欲を式は一心に求めた。 唐突に我が身に襲い掛かった不幸を紛らわせたいがために。 隹は何も言わずに式の求める方法で彼を慰めた。 式は隹によってその日精通を迎えた。 翌日、式を犯した男性教師は退職届を提出して学園を去っていった。 彼には家庭があった。 故郷に妻子がいた。 隹はそれを知っていた。 「豚みたいな悲鳴を上げさせながらお前の子供を」 今すぐに消えなければ、明日か明後日か、いつの日か必ず。 式を見ていた彼ならば誰が凶行に至ったのかを容易に察することができたのだ。 自分より大きな隹の手に触れられるのは心地よかった。 前髪の先が皮膚を擽る些細な感触も、視線を伝って注がれる熱も、隙間をなくす抱擁も。 「隹」 まだ閉館時間を迎えていない図書館。 人気のない片隅で隹に抱き締められていた式は彼に口づけを強請る。 隹は滑らかな頬を両手で包み込んで願ってやまない欲求をすぐさま叶える。 おびただしい書物の古びた香りと窓越しに差す夕陽の中で密かに舌先を交わす。 名残惜しげに唇を離すと、すでに息を喘がせている下級生を見下ろして隹は笑う。 「可愛いな、式」 何物からも守ってくれる上級生の笑みに式の心は甘く震えた。 その震えに戦慄が混じるようになったのはいつからだろう。 深みにはまると二度と浮上できなくなるような危機感に囚われるようになったのは。 余りにも直向な想いに引き摺られて息苦しさを覚えるようになったのは。 最初に望んだのは自分だった。 身勝手な性だと、式は自分自身を嘲る。 しかし。 このまま彼と関係を続けていけば。 息継ぎの時間が失われてただ沈んでいくしかないだろう。 狂気寸前の愛情に溺れて破滅の道しか見出せなくなる……。 式は隹と決別する道を選んだ。

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