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メビウスの恋/異形×神父

■片翼の異形として生まれ落ちた隹は神父の式に拾われた。 彼と過ごす日々はとてもあたたかく安らかで、ずっとこんな時間が続けばいいと思った。 しかし。 そして。 属する世界は違えども運命は粛然と連なり出会いは導かれる。 この世に産み落とされた俺は母親の血塗れの両手により襤褸布で何重にも巻かれてドブ川に打ち捨てられた。 理由は簡単だ。 俺は望まれた子ではなかった。 異形に犯されて否応なしに子宮へと宿してしまった、存在してはならない仔だった。 そんな俺を拾い上げたのは白く清い両手だった。 祈りを唱えるため村外れの教会から町に来ていた神父に偶然にも掬い上げられた。 「……これは……」 襤褸布を開いて現れた俺に神父は目を見開かせた。 そりゃあ驚くだろう。 漆黒の片翼を生やした赤ん坊を目にすれば誰だって仰天するに違いない。 そして誰もが俺の母親みたいに嫌悪、蔑み、恐怖で顔を歪ませ、罵り、呪い、俺を打ち捨てるはずだった。 「……よかった」 俺は耳を疑った。 今、こいつは何て言った?  それにこの表情は何だ?  どうして俺を見つめて微笑んでるんだ? 「まだ息はありますね。きっと助かりますよ。安心してくださいね」 襤褸布から取り上げられた俺は神父が羽織っていた外套に包まれた。 とても暖かかった。 神父の心臓の音が聞こえて、それも何だか耳に心地よかった。 温もりを与えられるなんて夢にも思わなかった。 こんなにも美しい子守唄を聞きながら眠りにつけるなんて。 風に舞う木々の葉。 色とりどりの蝶。 野に咲き渡る白い花達。 遥か頭上では鳥が大きな弧を描いて旋回していた。 「貴方もきっと飛べますよ」 神父の膝に頭を乗っけて空を見ていたら優しい言葉が降ってきた。 そんな日はきっと来ない。 だって俺には翼の片方がない。 「いいえ。ひと月前まで乳母車で眠っていたというのに、もう、こんなに大きくなって。身の回りの事は自分でできるようになったのだから。明日には生えているかもしれませんよ」 そうかな。 でも別に生えなくてもいい。 空を飛ぶより、こうやって神父の膝の上でごろごろしていたい。 温かく安らかな世界でいつまでも神父と一緒にいられるのなら他には何もいらない。 異形は忌むべきもの。 穢れたもの。 存在してはならないもの。 狩られるもの。 異形を絶つ人間達がこの世界にはいる。 俺の父親のように害を加えれば直ちに始末される。 哀れみなど一切ない。 見せしめに斬られた首を曝されたりもする。 村外れの教会に異形の目を持つ子供がいる。 町に流れた噂は都会へと流れ、血腥い狩人連中を呼び寄せた。 俺はまだガキだった。 何の力もなかった。 当然、片翼のままで飛べもしなかった。 神父が町へ出かけている間に狩人達は教会を訪れた。 一人で野原に寝そべっていた俺を見つけ、ぶかぶかのシャツを乱暴に脱がせて出来損ないの片翼を目の当たりにすると。 「左右、目の色が違う」 「混血種か」 「純血じゃないなら価値はないな。奇形だし、つまらねぇ」 「いや、奇形に興奮する変態もいるもんだぜ」 酒臭い息が行き交う会話に俺は安らかな世界が音を立てて崩れ落ちていくのを実感した。 そして諦めた。 ひと時の幻想を味わえただけでもよかった、そう、心から思った。 「何をしているのです」 だから。 戻ってきた神父が狩人達を止めようとするのを力なく眺めていた。 もういいんだ、神父。 俺にはこういう定めしかないんだ。 あんたと一緒にいられるわけがなかったんだ。 なぁ、神父……。 何で口から血を流してるんだ? 「……逃げて……逃げなさい」 崩れ落ちても尚、神父は、正面の男にしがみついていた。 何だよ。 どうしたんだよ。 どうして急にそんな弱々しくなって……。 俺は神父の正面に立つ男の手にしたナイフが血に塗れているのを見てやっと気がついた。 気がついた瞬間。 猛々しい炎が身の内に噴き上がるのを感じた。 熱い。 熱い。 俺の中を火が駆け抜けていく。 骨が軋む。 皮膚が波打つ。 鼓動が加速する。 翼が広がる。 出来損ないだったはずの漆黒のそれは完全体の対となって左右へ翻った。 鋼の如く鋭き羽は立っていた狩人達の頭部を一度に切断して大量の血を迸らせた。 緑が赤へ染まる。 白い花が鮮血に浸される。 横たわっていた神父はすでに意識を手放しかけていた。 ああ、神父。 待ってくれ、お願いだから。 この世界から消えないで。 「……また……大きくなりました……ね」 抱き起こすと神父はかろうじて目を開けて俺を見上げた。 切れ長な双眸に力なく満ちた最後の微笑み。 俺は泣いた。 初めて涙を流し、叫び、何度も首を左右に振った。 「……翼が……」 俺の背に翻る翼を見つけた神父は最期の言葉を紡いだ。 「何て美しい。それは貴方に相応しい、隹」 アスファルトとコンクリートが鬩ぎ合う雑踏の片隅で式はその呼び声に振り返った。 だけれども。 誰も。 こちらを見てはいない。 慌ただしく行き交う人の群れがあるばかりで立ち止まっている者など見当たらない。 幻聴だろうか。 それにしては鮮明に鼓膜に残っている。 どこかで聞いた事があるような声音だった。 俺を呼んだのは誰だろう……? しばし式は佇んで定めようのない視線を辺りに巡らせた……。 やっと見つけた。 高層ビルの屋上、手摺りの上に佇んだ彼は遥か地上を見下ろして呟いた。 透明にも近い青水晶の眼に走る縦状の瞳孔。 「生まれ変わろうとも美しいままだ、あんたは」 待ち望んでいた運命を掴み取った隹はビルの天辺から地上へ足を踏み出した。 属する世界は違えども運命は粛然と連なり出会いは導かれる。 終わりなき愛と共に。

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