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ひとりぼっちじゃない君へ/研究員×多重人格
■軍部直下研究機関の特殊能力解析班に所属する隹の研究対象は多重人格だった。
「私、セラと話したい」
「今日は風が強いね」
「小鳥に助けられるお姫様のお話、して!」
「頭の中の虫を殺して。うるさくて眠れない」
「なぁ、あんたって恋人いるの?」
「触るんじゃねぇよ、クソッタレ共が、地獄に落ちやがれ」
六つの人格と、そして。
「もう息をするのもつらいんだ、隹」
基本人格の式はいつも泣いてばかりいた。
「お前は誰だ?」
散乱した注射器具。
床にゆっくりと広がりゆく血溜まり。
解れて綿の食み出たクマのぬいぐるみ。
両手首を後ろ手で拘束され、返り血を浴びた青年の周囲には。
複数の血塗れの死体が転がっていた。
その事件はある精神病院の閉鎖病棟で起こった。
四人の病院関係者が死亡。
犯人は収容されていた患者。
しかし第一発見者である医師の証言によれば患者は拘束され、両手が使えない状態にあったという。
解剖が導き出した死因は外部からの打撃ではなく、内側から何らかの力がはたらいて引き起こされたという頭部の破裂。
そう。
患者はいわゆる超人的能力というものを持った能力者であった。
警察内部に潜り込ませている諜報員から情報を入手した軍部直下研究機関は、早速紙面一枚の手続きで市警に一時身柄拘束されていた犯人を半ば強引にその管轄内へ移送させた。
すでに秘密裏に立ち上げられていた特殊能力解析班、優秀な繭亡研究員を筆頭にして編成されたチームに患者の超能力解明を研究機関上層部は命じた。
そこまでは潤滑に進んだのだ。
問題はここからであった。
「おはよう、式」
通称〈鳥篭〉と呼ばれる研究対象専用の監禁部屋。
監禁部屋といっても檻はなく、広い清潔なスペースにはパイプベッドが一台、隅の仕切りの向こうにはトイレが備わっており、天井には監視カメラが取り付けられている。
外に面する壁には一枚の大きな強化ガラスがはめ込まれていて外が一望できた。
鉄条網が張り巡らされた芝のグラウンドが広がっていて、軍用犬と共に見回る兵士の姿も確認できる。
森の奥深くにひっそりと建つ研究施設のため、鉄条網の向こうでは木々が鬱蒼と生い茂っていた。
そのガラスを正面にして研究対象は立っていた。
白いシャツに白いズボンを履いて、裸足で、なんとも華奢な後ろ姿だった。
「それともルーシーか?」
小脇に資料を抱え、眼鏡をかけた隹は、再び問いかける。
研究対象はやはり返事をしない。
「グレイ? じゃあ、マーガレット? スリープウォーカー? ライアー?」
それとも……。
立て続けに名前を呼んでいたら研究対象は振り返った。
「クソうるせぇ、黙れ、俺に話しかけるんじゃねぇ」
切れ長な双眸に侮蔑と怒りを込めて彼は隹を憎々しげに睨みつける。
「ネイムレスか」
研究対象は多重人格だった。
「私、セラと話したい」
彼女の名はルーシー。女だが女が好きな同性愛主義者。隹の同僚であるセラに気があるようだ。
「……今日は風が強いね」
彼の名はグレイ、比較的穏やかで口数は少なめ、本好き。よくベッドにうつ伏せになって重たそうな書物を読んでいる。覗き込んでいたら嫌がられた。
「小鳥に助けられるお姫様のお話、して!」
彼女の名はマーガレット、幼い少女で人懐っこい、花が好き。よく腕や足にくっついてくる。あと、ぬいぐるみも好きなようだ。
「……頭の中の虫を殺して。うるさくて眠れない」
スリープウォーカー。性別、恐らく男。頭の中で虫が飛んでいるために不眠症。口を開けば「虫がうるさい」と、そればかり。
「なぁ、あんたって恋人いるの?」
彼の名はライアー。男だが男が好きな同性愛主義者。よく絡まれる。よく話す。喫煙者。
「触るんじゃねぇよ、クソッタレ共が、地獄に落ちやがれ」
彼の名はネイムレス。凶暴。横暴。粗暴。口が悪く、他者とのコミュニケーションを嫌う。殴られた者、多数。
六人の人格と、そして……。
「自由になりたい……」
それがたとえ死であっても。
「もう息をするのもつらいんだ、隹……」
基本的人格の式には自傷癖あり、その手首には複数のリストカットがある。
彼はいつも泣いてばかりいた。
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