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ひとりぼっちじゃない君へ-4

「すごい雨」 窓に張りついて外を眺めるルーシーにセラは声をかける。 「私、もう行くわね、ルーシー」 白衣の裾を翻してセラは〈鳥篭〉を後にした。 カードキーで施錠してP4レベルクラスのフロアを抜ける。 兵士や他の研究員が行き交うガラス張りの通路を進む。 確かに「すごい雨」だった。 鉄条網の向こうで傾いた木々が一斉に波打っている。 外に気をとられていた彼女は、すぐ正面に隹がやってくるまで、その存在に気がつかなかった。 「あら、隹」 面前に立った隹を見上げてセラはいつも通りに話しかける。 「また〈鳥篭〉へ?」 「まぁな」 「今、ルーシーだったから会いたがらないかもよ」 「……」 「最近、熱心ね。貴方が一番彼に――」 セラの語尾は外で突如として鳴り響いた轟音に掻き消された。 地鳴りが伝わり、ガラスが僅かに振動するほどの、雷鳴。 そしてフロアの照明が瞬く間に落ちた。 窓の外に満ちた一瞬の雷光を式は、いや、彼は。 網膜にしっかりと焼きつけた……。 「……びっくりした」と、セラは思わず掴んでいた隹の腕を気まずそうに放した。 「近くに落ちたのね……電気系統が麻痺したみたい。すぐに自家発電に切り替わるでしょうけど」 慌ただしげに駆けていく兵士達、立ち止まって辺りを見回す研究者達。 暗がりに満ちたフロアにざわめきが徐々に広がっていく。 隹も、また、駆け出した。 矢庭に走り去っていく隹にセラは小首を傾げ、大して気にも止めず、兄の繭亡のいる研究室へと戻った。 隹は白衣を翻して通路を駆け抜けた。 目指す先は〈鳥篭〉だ。 捕らわれた翼のない鳥の元を目指した。 「お前の攻撃パターンはもう読めた」 カードキーを使わずに扉を開いた途端、振り下ろされた拳。 隹は寸でのところで食い止めた。 「なぁ、ネイムレス?」 この束の間の停電騒動を狙ってネイムレスが逃走を図る、そんな単純な彼の思考など手に取るようにわかった。 式を大事にしているネイムレスがどう動くのか隹にはすぐわかった。 それは、何故なら。 「クソが」 ネイムレスは自分の両手首を手加減なしにきつく握り締める隹を睨みつけた……。 それは繭亡とセラの兄妹に突如として突きつけられた衝撃的な顛末。 先ほどの雷鳴よりも容赦なく二人の胸を貫いた。 「隹研究員が研究対象を施設外部へ上層部に無断で連れ去ったとのことです」 研究室にやってきた兵士に告げられた思わぬ報せに二人は顔を見合わせる。 驚き、落胆、疑問が湧き上がるばかりで言葉が出てこない。 縺れ合う感情の中には安堵感も含まれていた。 それは特殊能力を秘めた式に及ぼされる死の恐怖心から逃れられたというカタルシスだったかもしれない。 もしくは〈鳥篭〉で苦しみ続けた彼がやっと自由になれるかもしれないという、希望、だったかもしれない。

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