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Sweet dreams/魔王×少年
■物心ついた頃から少年はある夢を見続けていた。
美しい青毛の黒馬がどこからともなく現れてはそっと自分に寄り添ってくるのだ…。
「そうだ、これは、魔女の手先だ」
そして彼は少年の現実世界にも現れた。
異端者と見做されて慈悲なき残酷な炎に命を奪われようとしていた少年を救うために。
「俺とお前はずっと一緒だ、式」
「貴方のお母様はそれは美しい人だったの」
天に召される際、それまで式を慈しみ深く育ててくれた彼女は最期に微笑んで告げた。
「貴方のその瞳、双方色は違えど、お母様の眼差しにそっくりよ」
皺を刻む薄皮に包まれた手がゆっくりと虚空に翳される。
寝台のそばで見守っていた式は、まだ小さな両手でその手を握り締めた。
いかないで。
そう叫びたかった。
だが幼い式はぎゅっと唇を噛んだ。
オッドアイの双眸でたった一人の家族が神の庭へ旅立つのを看取った。
国土一帯に疫病が蔓延し、多くの人々が死神に抱かれ、非道な魔女狩りが蔓延る時代。
そこは辺境に点在する村落の一つから少し外れた場所。
淡い色合いの草花に囲まれるようにして簡素な木造小屋が建っており、近くには小さな畑、鶏などの家畜を飼育する小屋がある。
先月、たった一人の家族であった育て親を亡くし、十を過ぎたばかりの式は一人そこで暮らしていた。
疫病ではなく、寿命を全うし、安らかに息を引き取った彼女は小屋の裏手で今は永遠の眠りについている。
白い花を手向けてきたばかりの式の滑らかな頬や両手には土がこびりついていた。
セピア色の髪は燦々と降り注ぐ日差しに輝いている。
銀朱色の唇はいつだって瑞々しい。
大好きだった彼女との別れに至上の寂しさを持て余しながらも、教えられていた通りに畑を耕し、家畜を育て、少年は日々の糧を得て順調に生活していた。
村へは立ち寄らない。
双眸の色がそれぞれ違う、それを理由にして穢れた存在などと中傷され、石を投げられたことがあった。
育て親の彼女はそんなことがあって以来、村との行き来をなるべく控えた。
式自身に至っては二度と向かわせなかった。
魔女狩りの対象として選ばれることを何よりも恐れたのである。
「式!」
式は小道を駆け足でやってくる少女を目にして微笑んだ。
「セラ、こんにちは」
「こんにちは! ねぇ、私もお花を持ってきたの。ここにはない色よ、綺麗でしょ」
長い髪をリボンで二つに結んだ、式とそう年の変わらないセラは案内されて、紫や橙といった派手な色合いの花束を墓に飾った。
墓といっても、こんもり盛り上がった土の上に木造の十字架を突き刺しただけ。
「おばぁさま、聞こえる? セラよ!」
「聞こえないよ、もう死んじゃったから」
「ああ、そうね。式は寂しくない?」
「寂しいよ」
「私、お父様に話して、一緒に住めるようにしてあげましょうか?」
一年前から家族に黙ってこっそり来ているセラが子供じみた提案をする。
式は首を左右に振った。
「僕はここで暮らすよ」
「一人ぼっちで?」
「……一人だけど、でも」
夜、夢を見れば、あの人がいるから。
式のその言葉にセラは頬を膨らませた。
「あの人って、もしかして、棒切れで地面に描いていた馬のこと?」
式は物心ついた頃からある夢を見続けている。
そこは霧の漂う湖畔。
一人、当てもなく彷徨っていると、立ち込める霧の中から一頭、美しい青毛の黒馬が現れるのだ。
とても大きく立派な成馬は式にゆっくり近づいてくる。
手を差し伸べれば、首を伸ばし、擦り寄ってくる。
小さな式自身にもそっと寄り添ってくる。
夢なのに、式は、その息遣いをどこか懐かしく感じるのだ。
式の住む小屋から最も近い村落、一夜にして五名の子供等が疫病にて死神に攫われた。
村の人々は集会所に集まった。
皆、家族を失った悲しみに嘆き、やり場のない怒りを滾らせ、その行き場を求めていた。
「村外れのあの年経た女、あれは、魔女じゃないのか」
「最近、姿を見ないな」
「サバトを開いてこの村を呪っているに違いない」
かくして狂気の暴走は幕を開けた。
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