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Sweet dreams-3
セラは涙で霞む眼を見開かせた。
無我夢中で凶行に至ると声を揃えて盛んに雄叫びを上げ始めた群集の頭の上を飛び越え、かつて一度も見たことのない、夜目にも美しく立派な黒馬が目の前に現れた。
突然の出現に驚愕する群集を尻目にもかけずに黒馬は燃え盛る小屋へと微塵の躊躇もなしに飛び込む。
皆、何が起こったのか理解できなかった。
雄叫びも忘れて男達は凍りつく。
呆けた表情が炎に浮かび上がる。
その間にも小屋は猛火を纏い、音を立てて崩れていく。
踏み躙られた草花に火の粉が舞った。
立ち上る炎の先が天空の月にまでかかる。
「……式……」
真っ先に我に返ったセラは、母親の腕の中で、絶望の声を洩らした。
その時。
すでにガラスが四散し、黒煙を噴き上げていた出窓がさらに大破したかと思うと。
あの黒馬が力強い四肢を眼下の者達にひけらかすように、頭上へ、現れた。
体勢を崩すことなく崩れ落ちていく小屋の前へ緩やかに着地する。
風に靡く鬣の後ろには式が……。
「……」
皆、恐怖で声も出なかった。
手にしていた凶器を振るうどころか、後退りすることさえ、叶わない。
荒々しく息を吐く黒馬の光る眼に自由を奪われると同時に、心臓を握り潰されるような途方もない憤怒を叩きつけられて、ただ慄然と竦み上がる他なかった。
殺される。
皆が同時にそう思った、次の瞬間。
弱々しい声が黒馬の背で奏でられた。
「だめ……やめて……」
我が身にしがみく式の微かな声に黒馬はぶるりと肢体を震わせる。
前脚を虚空へ高く振り上げて地の底から轟くように嘶くと、再び大地を蹴り上げ、想像も及ばぬ跳躍力で愚かなる群集を飛び越えた。
火の手が瞬く間に広がった古い木造小屋がとうとう完全に崩れ果てた。
誰もが振り返ることすらできずにいる中、セラだけが、長い髪を翻して森に去り行く黒馬を見送る。
幼い彼女の脳裏に過ぎるのは棒切れで地面に描かれた式の絵であった。
誰かが頭を撫でている。
とても、大きな手。
あまり温かくなくて冷たいけれど。
あなたはだれ?
気を失っていた式はゆっくりと目を開けた。
そこは霧の立ち込める湖畔。
海よりも深い森と湖の境目。
鋭い冷たさに張り詰めた世界。
そんな凍てついた冷気から守るように彼は式を抱いていた。
腕の中で身じろぎ一つし、式は、まじまじと彼を見上げる。
「ずっと探していた」
黒装束の彼は冷えた月と同じ色の短い髪で、それは美しい、湖と同じ色の半透明に近い双眸を持っていた。
古代樹の根元に背中を預け、長い足を悠然と伸ばし、丈の長い外套で包み込むようにして懐に抱いていた式に彼は笑いかける。
「その目の色、僕の一つと同じ」
式の言葉に彼は微笑をより深くする。
仮身とする黒馬の姿。
本来の姿に戻った彼。
そこはもう、までの世界ではなかった。
人とは異なる血を継ぐものだけが生きられる世界。
「あなたはだれ?」
式の問いかけに、この冷たい世界を統べる彼は、答える。
「お前を誰よりも愛するものだ」
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