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Sweet dreams-4

海よりも深い森と湖、そして荒涼たる砂漠に覆われた、慄然と凍てつく冥き世界。  そこは魔界。 棲まうはこの世ならざるものたち。 醜い姿かたちのモンスターや見目麗しい妖魔衆の終の棲家。 そんな世界を統べる魔王は漆黒の城に棲んでいる。 「どこへ行かれたのです、式様!」 未だに慣れないその敬称を式はくすぐったく思う。 天蓋つきのベッドが備わる豪奢な部屋を抜け出し、古代魚や骨格のみの魚たちが泳ぐチェスボードじみた廻廊を抜け、見た事もない黒薔薇の咲き誇る庭園を回っていたら。 やたら露出度の高い服を身につけたメイド達が近くにまでやってきた。 「猊下に怒られてしまうわ」 「怒られるどころじゃないわ、八つ裂きにされるわ」 「でも猊下になら喜んでこの身を差し出すわ」 猊下が誰のことを差しているのか式にもわかった。 僕をここに連れてきた人。 僕の片方の瞳と同じ色の双眸を持つ、冷たい温もりを持った人。 ここはとても不思議なところ。 村の近くにこんな場所があったなんて、全然、知らなかった。 すでにここが人間の領域ではなく、この世ならざるものたちのテリトリーだということには気がついていない式。 純真無垢な少年は魔界では珍しくもないオッドアイの双眸で辛気臭い黒薔薇を呑気に見回した。 遥か頭上では翼種の魔物どもが悠々と泳いでいる。 「……大きな鳥」と、上空を仰いだ式は呟いた。 式の遥か頭上を通過していたのはドラゴンの群れだった。 その内、気性の荒い一頭が隣を飛んでいた仲間に噛みついて、たちまち群れは大混乱となった。 皆が皆に噛みつき合い、光り輝く鱗が小雨の如く凍てつく大地に舞い落ちる。 最も深手を負ったドラゴンがヴァーミリオンの血を迸らせながら落ちてくる。 魔王の城の庭園へ。 地響きを伴って落下したドラゴン。 それまで慎ましく振舞っていたメイド達は一気に戦闘体勢へ切り替わる。 「私が首をとるッ」 「抜かすな、新人、あれはアタクシの獲物」 「己が猊下に献上して差し上げるのよ、どけ、豚女共が!!」 城の中にいるもの達がてんで無関心なのに対し、メイド達は片腕、あるいは片足、または両手を刃なり銃身などの武器に変形させて傷ついたドラゴンへまっしぐらに……。 が、ドラゴンのすぐ鼻先にいる式を見つけて、凍りついた。 「式様!!!!」 土煙が辺りに漂い、今に食べられてしまうと青ざめるメイド達を余所に、式は傷ついたドラゴンの鼻面をそっと撫でた。 「君みたいな大きな鳥、初めて見た……血がいっぱいだね。大丈夫?」 皮膜に裂け目を持つ翼をバサバサと言わせて、中型のドラゴンは、式に擦り寄った。 グルルルル…… 「嘘だろう、あの好戦的なバジリスクが甘えているではないか」 傷ついたドラゴンを案じて頭を撫でる式にメイド達は釘づけとなる。 しかし、庭へ現れた主君の気配を察すると即座にその場に跪いた。 「ここにいたのか、式」 漆黒の長い外套を翻して魔界の主が降り立つ。 この世界と同様、普段は凍てつく眼差しを紡ぐ青水晶の双眸を和らげて、何よりも最愛なるものを抱き上げた。 「この鳥、怪我してるみたい」 「鳥? ああ、バジリスクか。一休みすれば飛び立てるだろう。それよりもうすぐ昼寝の時間だ」 「僕、眠くないよ。それに今、お昼なの? 暗くて時間がわからなくって」 「では夜ということにして就寝しよう、式」 隹という名の魔王は首を傾げる式に微笑を絶やさずに庭を後にした。 見送ったメイド達は顔を見合わせる。 「そもそも式様は猊下とどういう関係にあられるのかしら」 「式様の片目、猊下と同じブルークォーツじゃなくって?」 「……」 オッドアイは珍しくはないが魔王の眼が有する色は唯一無二。 「「「まさか」」」 メイド達の驚きの声が出揃い、去ってしまった式を恋しがってドラゴンがグルグル鳴いた、それから程なくして。 式は豪奢な部屋の隅に置かれたベッドの上ではなく、美しい光沢を惜しみなく放つ揺り椅子に座した隹の膝上にいた。 「ここって。とても不思議なところだね」 「そうか」 「長い通路にはお魚が泳いでるし、薔薇は真っ黒だし、あの女の人達とか、このお城の中にいる人みんな、外の雰囲気も、何だか普通とちょこっと違う」 「ちょこっと、だろう? 気にすることはない」 隹は長い指で式の滑らかな頬をくすぐった。 式はくすくす笑い、隹の胸に顔を押しつける。 不思議なところだけど怖くない。 この人がいてくれるからかな? 「僕、どこかであなたと会ったような気がする」 そう。 隹は仮初の姿で式とずっと逢瀬を重ねてきた。 受け継がれし我が血を辿って少年の夢を訪れていた。 属する世界は違えども、幸せでいてくれさえすれば、よかった。 しかし不穏な空気を嗅ぎつけ、隹は、式を自身の懐へ招くことにした。 誰よりも愛しいものはその命が尽きそうになったとき、やっと、この名を呼号してくれた。 「明日はどこか出かけるか」 「どこへ出かけるの?」 「そうだな、一角獣の親子が寛ぐ草原か、鷲獅子の群れが集まる谷か、人魚の泉か」 「わぁ」 「お前が気に行った菓子をたくさん持って、な」 「お花がいっぱい咲いてるところがいい」 「……花、か」 魔界に咲く花はどれもくすんだ色ばかりだ。 庭の黒薔薇がいい例である。 「白とか、綺麗な色」 「……綺麗な色、か」 魔道士どもに早急に丘一つ分、白薔薇を咲かせるよう、命じておこう。 「眠くなってきたか?」 揺り椅子のおかげで式のオッドアイがとろんとしているのを見、隹は、小さな温もりを大事そうに抱き上げた。 天蓋のレースを潜ってベッドの中央に寝かせる。 去り難く、式が眠りに落ちて次に目覚めるまで、そばにいることにした。 添い寝をしてきた隹に式はぴたりとくっつく。 子犬のような欠伸をして目元を擦り、小さく息をつくと、隹の青水晶を真上から覗き込んだ。 「こんなの夢みたい」 それを聞いた隹は式をゆっくりと抱きしめた。 「俺とお前はずっと一緒だ、式」 「ほんと?」 「ああ、本当だ。これはもう夢じゃない」 そう囁いて額と頬にキスをする。 小さな式はまたくすぐったそうに笑って隹の頬にもお返しのキスをした。 「丘のお花、ぜんぶ灰色だね」 「……(魔道士ども、全員、魔獣のエサ決定だな)」

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