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D'ont wake up/どたばたB級ホラー風

■森の奥深くにひっそりと建つ廃墟。 そこはかつて世にも陰惨で血みどろの饗宴が開かれた、彷徨える亡霊達の住処。 今宵、何も知らない客人におぞましい悪夢が牙を剥く……。 客人は、或いは退屈な日常に鬱積を募らせる若者達。 「本当に出ると思う?」 「マジで出そうな雰囲気じゃねえ? 見ろよ、この蜘蛛の巣だらけのフロア!」 「昔、ここの主人が黒魔術に凝っていてサバトを開いていたと聞いたが……」 十代に見受けられる二人組と、懐中電灯を手にして先頭に立つ年嵩と思しきスマートな青年。 彼等は森から最も近い街で暮らす大学生だった。 「あの肖像画は主人かしら」 光を忘れたシャンデリアが見下ろす広々としたリビング。 胸元のはだけた薄着にレザージャケットを羽織ったセラが壁を指差し、式は持っていた懐中電灯の光をそちらに向ける。 セラの胸元ばかりを気にしていたもう一人はやっと目線を上げ、大袈裟に口笛を鳴らした。 冷え切った暖炉の上に飾られた肖像画は見事に顔の部分だけが引き裂かれていた。 客人は、或いは強盗事件を起こして逃亡中の犯罪者。 「クソ、切れたか」 二階の客室で長椅子に寝そべっていた男は空になった煙草の紙袋を手の中でぐしゃぐしゃに押し潰し、隅に放り投げた。 「それにしても林の中にこんな場所があるとはな」 長椅子のそばには黒のボストンバッグがあった。 荷物が多いのか大きく膨らんでいる。 男、隹は横目で自分の荷物を見、口角の片方を不敵に持ち上げた。 「とりあえずここで一晩過ごさせてもらうか」 隣街の銀行を単身で襲い、見事警察の包囲網を掻い潜ってここまで逃げ果せた隹は長い足を組んだ。 窓は閉ざされ、風もないのにベッドの天蓋が揺れているのに彼は気づきもしなかった。 客人は、或いは逃亡者を果敢に追う警察官。 「今、明かりが見えませんでしたか?」 ガンホルダーに拳銃を装備した巡査の一人は不気味な佇まいの廃墟に向けていた視線を一際鋭くした。 「本当か? どこだ」 「あの塔の辺り…しかし、随分と古そうだ。まるで城じゃないですか」 「ああ、お前はこの街に配備されて間もないから……初見になるわけか」 赤髪の巡査とこの界隈一体の地理に長けている巡査部長は目前に建つ廃墟を見上げた。 凍てついた風に黒柵の門扉が寂しげな音を立てていた。 灰色の煉瓦には夥しい蔦が縦横無尽に絡み、時に置き去りにされたかのような虚無感がひしひしと伝わってくる。 テーマパークのゴーストハウスも顔負けの陰気臭いゴシック風な外観だった。 「何だか過去に殺人事件でもあったかのような雰囲気ですね」 「あったんだよ、実際」 巡査部長の言葉に端整な顔をした巡査の繭亡は目を見開かせた。 「もう随分と昔の話だ。狂気に頭を蝕まれたここの主が犯人だったんだがな。 姿を晦まして事件は未解決のまま。 まぁ、犯人もとっくに死んだだろう。 真相は誰にもわからずじまいってわけだ」 「一体、どんな事件だったんです?」 部下の繭亡に問われた巡査部長は苦々しい顔つきとなって、語り出す。 煌々たる満月の明かりに曝された廃墟の中で亡霊達が嗚咽を上げているとも知らずに。 哀れなる一人目の被害者は若者達の内の一人。 セラにいいところを見せようとしたのが運の尽きだった。 「キャアアアアアアアアア!」 当のセラは悲鳴を上げる。 青ざめた式は口元を覆い、後退りした。 冷え冷えとした通路を歩んでいたら何やら物音が聞こえ、止めるセラと式をあしらって問題の部屋へと一人踏み入った彼を心配し、後を追ってみると。 彼は脳天に斧を突き立てられて死んでいた。 セラの悲鳴は館中に響き渡り、長椅子でいつの間に眠りに落ちていた隹を目覚めさせた。 「何だ……?」 寝ぼけ眼で辺りを見回し、隹は気がついた。 長椅子のそばに置いていたはずのバッグが消え失せていることに。 「今の悲鳴はどこからだ!?」 「こっちです、巡査長!」 別行動をとっていた警官二人が階段で落ち合った後に隹とセラを発見し、惨殺死体まで目の当たりにした彼等は署に連絡をとろうとした。 「無線が繋がらない」 式とセラは蒼白な顔を見合わせた。 警官二人は銃を抜く。 巡査部長が現場保持のため部屋に残り、民間人の保護を優先し、とにかく館の外へ出ようと繭亡が二人を誘導したのだが。 「開かない」 館のどの扉も窓もピクリとも動かない。 椅子で割ろうと投げつけてもヒビ一つ入らない。 これは完全におかしい。 森の中の廃墟で殺人事件が起こったという事実以上に不可解な有様だった。 「何これ、どうなってるの!?」 風もないのに蜘蛛の巣が揺らめく。 数々の調度品が不気味に軋む。 おどろおどろしい呻き声が館の四方から響き渡る。 「聞いたんだ、巡査長から。昔ここで惨たらしい事件があったと」 「事件って、噂は本当だったのか……? 一体、どんな?」 姿の見えない何かに怯えたセラは式の腕にしがみつき、式は虚空に銃を構える繭亡に問いかけた。 「心臓がくり抜かれた死体が見つかった。何体も。若い女や子供もいた」 「女性や子供が犠牲に……? 心臓をくり抜くなんて、そんな酷いこと、普通の人間にできるわけが……」 次の瞬間、壮絶な悲鳴が三人の鼓膜を貫いた。 巡査部長は鮮血の中にうつ伏せとなって倒れていた。 死んでいるのは一目瞭然だった。 首が、無残にも千切れかけている。 死体の前には隹が立ち竦んでいた。 「違う、俺じゃない」 「じゃあ誰がやったっていうんだ! お前以外に誰もいないじゃないか!」 「……本当よ、死体もないわ」 先程まで床にあったはず若者の死体がなくなり、まるで代わりに巡査部長の屍がそこに据えられたかのようだった。 「俺が来た時、こいつはもう死んでいた。断じて俺じゃない。だから銃を向けるな」 繭亡が向けた銃口の先で隹は両手を上げていた。 警官の背後で様子を見守っていた式は、ぎこちないながらも彼に助言した。 「お巡りさん、多分、この人は犯人じゃありません……。 だって、返り血を全く浴びていない。 あれだけの出血です、犯人にも必ず血が付着しているはずです」 「そうかもしれないな。だが、こいつは別件で手配中の男だ」 「え?」 「どういうこと?」 隹が小さく舌打ちする。 繭亡は銃をガンホルダーに仕舞い、次に手錠を取り出した。 「お前を拘束する、銀行強盗犯」

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