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In my arms-3

知っていたのだろうと思う。 自分が王家の人間である事を。 命を狙われかねない立場にある事を。 きっと最初の介抱でペンダントを見かけたのだろう。 翌日、王の正式なる署名入りの書状を手にした者達を隹が連れてきた。 彼等は式を見るや否や胸を撫で下ろして涙まで滲ませた。 「皇子、貴方が次なる王の後継者と決まりました」 「王はもう今日か明日の命でございます。どうか、最期を」 「お后様もご承知しております」 「さぁ、早く」 次々と差し出される手を戸惑いがちに見、式は、壁際で佇む隹を見つめた。 彼は見知らぬ訪問者に殺気立つ狼達をさり気なく抑えていた。 外では雪が降り始めていた。 「これでいい」 式の視線の先で、彼の問いかけを感じ取った隹は壁際で返事をする。 「隣国の王が倒れたのは知っていた。上の皇子のよからぬ噂も、な。だが下の皇子については何も」 刃を投げる寸前に聞こえた男の台詞でもしやと思った。 ペンダントを目にして王家の人間だろうと粗方予想はついていたが、まさか直系とは。 そして今日、麓の町に下りてみれば第二皇子を探しているという城の一行に出会った。 「王冠はあんたに相応しい。皇子」 貴方は言ってくれたのに。 俺がいるからと。 城へ戻る途中であった。 殲滅を目的とする十数名の武装従者による襲撃に遭い、雪原は血に濡れた。 馬に乗せられていた式は直ちに下ろされた。 そばにいた城仕えの者達が次々と無慈悲な刃に斬られ、死んでいく。 噴き上がった血飛沫が無情にも新たな雪に覆われていく。 やめろ。 殺すな。 私だけを殺したらいい。 叫びも口にできぬ絶望の中で式は自分を守ろうとする腕を潜り抜けた。 「皇子!」 最重要なる標的に襲撃者の視線が集まった。 小高い丘の上にいた者が弓を、横手に迫っていた者がすでに血で滑る刃を振り上げる。 その時だった。 二頭の獣が力強く地を蹴ったのは。 弓を番えていた者はふくらはぎを、剣を振り上げていた者は利き腕とは別の腕を一瞬にして失った。 ああ、お前は。 式のすぐそばに降り立った灰色狼は鼻頭に皺を寄せて歯肉を剥き出しにし、周囲に唸った。 片腕を失い斜面を転がり落ちてきた者は石に頭をぶつけて絶命し、突然の鮮烈なる返り討ちに襲撃者達は動じ、劣勢でありながらも必死に応戦していた城の者達は士気を上げた。 そして彼はまたも現れた。 式の命を何度も救ってくれた強き男。 式は目を見開かせて隹が立ち塞がる敵を尽く蹴散らすのを見た。 緩やかな曲線を描く剣は振るわれる度に鮮血を迸らせて相手を雪に沈める。 放たれる刃は血肉の奥深くまで突き刺さり、瞬く間に戦意を喪失させる。 尋常ならぬ強さを目の当たりにし、仲間を倒されていく屈辱に滾り、矜持を保つため襲撃者の攻撃が式から隹へと変わった。 水晶の眼に獣性の鋭さを宿した隹は多勢に怯むでもなかった。 的確に、俊敏に、容赦なく急所を攻めては立て続く渾身の一撃を緩やかにかわす。 式は灰色狼を抱いて懸命に見守っていた。 もしやという恐れで加速する心臓の動悸に胸を苛まれながらも目を離さなかった。 丘に潜んでいた者達は白狼の牙に屠られ、血塗れの体で雪原に蹲っていた。 最後の一人が隹の一閃により声もなく伏す。 式は彼に向かって駆け出した。 城仕えの者達の制止を振り切って、白く色づいた息を吐き散らし、灰色狼と共に何よりも大切な者のそばへ……。 隹はこちらへ駆け寄ってくる式を見ていた。 その隙を見逃さなかった者がいた。 最後に斬られた黒ずくめの武装従者が彼の背後でゆらりと立ち上がる。 その手には最後の力を振り絞って握り締められた長剣があった。 式はスローモーションのように振り上げられた腕を見、叫んだ。 自分が声を失っていた事も忘れて。 その大切ないとおしい命を守りたくて。 どこまでも広がる雪原の白く淡い光を受けながら剣は振り下ろされた。

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