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目醒めよ悪魔/おちゃらけ悪魔×不憫な被害者
■「高慢ちきなお前にはお仕置きが必要だな」/おちゃらけB級ホラーなノリ
その男はある日突然式の前に現れたかと思うと薮から棒に告げたのだ。
「お前を愛してる」
彼の名は隹といった。
いつも黒服を身に纏った、青水晶の鋭い双眸を持つ男。
正に神出鬼没な隹は仕事の休憩中、オープンカフェでコーヒー片手に小説を読んでいたらさも待ち合わせでもしていたかのような振舞で式の正面に座ったり。
恋人と出かけたシアターではいつの間にかポップコーン片手に隣席を陣取っていたりと。
とにかく式に執拗に付き纏う不気味な輩であった。
まさか日々鬱積するストレスにより生まれた、俺だけにしか見えないゴースト……なんて考えた時もあったが、隹はちゃんとそこにいた。
派手な身なりの女から声をかけられて煙草の火を強請られているシーンを目撃し、己の精神が正常であった事に安堵しつつ、やはり彼が不気味でならない式。
俺の部屋の前で座り込んでいたら隣人の女子大生に言い寄られていたし、行きつけのバーでは女性客にモーションをかけられていたし、異性には不自由していないはずなのに。
男の俺を愛していると平気で言う。
何を考えているのだろう、こいつは。
「お前は本当に綺麗だ」
ああ、虫唾が走る。
寒気がする。
気分が悪くなる。
もう聞くたくない。
これ程までの嫌悪感を他者に抱くのは式にとって初めてだった。
殺意が滲み出るまでの生理的恐怖を抱くのは。
軽く振り払ったつもりだった。
いや、思い切り振り払ったかもしれない。
力任せに両手で勢いよく突き飛ばしたかもしれない。
妙に赤黒い月によって虫食いの如く丸い穴を開けられた夜空の下。
人気のない路地裏の階段上で式は凍り付いていた。
眼下に連なる石畳の上には隹が横たわっていた。
後頭部から流れ出た血が夜目にも鮮やかで、見開かれた双眸から紡がれる青い眼差しもやけに爛々と光って見えた。
あんまりにもしつこく隣を追ってくるから。
スポットライトさながらに点る外灯の光を浴びながら式はごくりと唾を飲み込んだ。
周りには誰もいない。
表通りから囁きじみた喧騒がか細く流れてくるだけで、ここにいるのは自分一人だけ。
誰も見ていない。
そうして確信犯の殺人者は慎重に足音を忍ばせ人目を気にしてその場を後にしたのだった。
部屋のドアを開くと汗がどっと出た。
壁伝いにずるずると崩れ落ちて床に座り込む。
「大丈夫……誰も見ていない、大丈夫だ……」
式は頭を抱えて何度も呪いのようにその台詞を繰り返した。
震える両手で湿った髪をかき上げては「大丈夫」と延々と呟き続ける。
小一時間程をその呟きに費やしたためにいい加減喉が嗄れてきた。
水でも飲むか。
いくらか冷静さを取り戻した式はやっと玄関から腰を上げたのだが。
物音が聞こえた。
寝室からである。
窓を開けっぱなしにしていたか……猫がまた入り込んだかな。
式はキッチンへ行く前に玄関脇の寝室へと続くドアを何の警戒もなしに開いた。
「!」
ベッドに隹がいた。
正確には横たわっていた、だ。
式に突き飛ばされて階段を転げ落ち骨が折れたために有り得ない角度で首が折れ曲がった状態のまま双眸を見開かせて。
式のベッドの上に横たわっていた。
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