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Evil angel/彼氏の不敵な友達×真面目
■恋人に紹介された友人の男は世にも不敵な眼差しをしたーーー
「欲求不満そうな顔だな」
初対面であるはずの男は式にそう言った。
青水晶の不敵な眼差しが孕んでいるのは嘲笑か、それとも。
隹という名のその男は式の恋人である繭亡がゆうべ食事に連れてきた彼の友達だった。
背が高く、フリーランスのカメラマンとかで、観光都市や地方を行ったり来たりの慌ただしい生活を送っているためか、体はよく引き締まっており、何でもない仕草の一つ一つが妙に洗練されて見えた。
さばさばした物言いがよく似合っていた。
だからといって、あんなことを言われる筋合いは、まるでない。
「隹か? あいつとは幼い頃からの付き合いなんだ」
帰り道、さり気なく彼について尋ねてみたら繭亡は街灯の降り注ぐ石畳をよく磨かれた上等の革靴でコツコツ軽快に言わせながら教えてくれた。
「言動は少々荒っぽいところもあるが悪い奴じゃない」
少々じゃない、結構、がつんと来たんだが。
悪い奴ではないのだろう、が、決していい奴でもない。
それとも笑い飛ばすべきだったのか。
あからさまに口ごもったりなんかしないで、他愛ない冗談として流せばよかったのだろうか?
生真面目な式は切れ長な双眸に隹の不敵な眼差しを引き摺って、自分の言動を省みては頭を悩ませるのだった。
そんな矢先、職場のデスクで振動する携帯をとってみれば恋人からの着信で。
今日の夕食にも隹が同席すると知らされた式はため息を噛み殺したのだった。
魚料理がうまいと評判のレストランでワインをいつになく飲んだ。
隹は見た目通り強いらしい、顔色も態度も変えずにグラスを平然と水のように煽っていた。
「妹のセラはどうしてる、相変わらずの男勝りか?」
「それを聞かれたら耳元で怒鳴られるぞ、隹」
式が繭亡とパートナー同士になって半年以上が経過した。
最初に紹介されたのは彼の妹で、その次がこの隹だ。
順番から考えてもその親しさは歴然だろう。
話に入る隙もなく、相槌だけを打ち、空白を埋めるために式はボトルをどんどん軽くしていく。
適度に騒がしい店内にはオリーブとバターの匂いが満遍なく打ち寄せていた。
テーブルクロスの柄を意味もなく眺めがちな式であったが、ふと目の前に座っていた繭亡が立ち上がったので、嫌な予感がし、顔を上げてみれば。
「仕事の電話だ、ちょっと外に出てくる」
そう言って彼はウェイターの狭間を練って店外へ颯爽と出て行ってしまった。
まるでゆうべのリプレイだ。
『欲求不満そうな顔だな』
さすがに隹はゆうべと同じ台詞を吐きはしなかったものの、テーブルに頬杖を突くと斜向かいから、たじろぐほどに真っ直ぐ式を見つめてきた。
手にしていたナイフとフォークを皿に一先ず下ろして、式は、思い切って彼に問いかける。
「……どうして」
「ん?」
昨日と同じ笑みを浮かべた隹はすかさず問い返してきた。
頭上の明かりが青水晶の双眸と、月と同じ色をした短い髪をより深い色に染めている。
半袖のシャツは触り心地のよさそうな二の腕のさり気ない逞しさを強調しているかのようだ。
式は一呼吸おいて彼に告げた。
「どうしてそんな意味もなくじっと見るんだろう。緊張するからやめてほしい」
告げた後、ちょっときつい物言いだったかもしれないと、ものすごく居た堪れなくなった。
彼は恋人の友達だというのに。
俺の心が狭過ぎるのだろうか。
自己嫌悪にひっそり陥っている式を余所に隹はパスタのソースにパンを浸して一口で食べ、ワインで流し込むと、答えた。
「可愛いからさ、あんたが」
「……は?」
「ついつい視線が偏る」
深みある豊潤な葡萄色の酒がまたか細いグラスに注がれていく。
「ゆうべだって」
ゆうべ、というキーワードに思わず式の肩がびくついたが、隹は気にもせずに平然と言葉を続けた。
「一瞬、素直に不快感を曝け出した表情に煽られた」
彼は一体何を言い出したんだ?
式はさらに肩をびくつかせて斜向かいに座る隹を怖々と見つめ返した。
隹は掌に預けていた片頬を少しだけずり落とすと上目遣いになり、覗き込むようにして式に笑いかけた。
「あんた、セックスの時どんな顔するんだ?」
「な……!?」
「すまない、席を外して」
仕事の話を終えた繭亡がテーブルに戻ってきた。
隹のとんでもない問いかけに驚いていた式を何気なく見た彼はその双眸を見張らせる。
「式、顔が赤いぞ?」
「ワインの飲み過ぎだろ」
「ああ、確かに……今日はグラスを空にするペースが早かったな」
代わりに答えた隹に同意して繭亡は席に着き、何も言えずに口元を片手で覆っている式へ言う。
「明日、急な仕事が入ったから俺は先に帰らせてもらう、後は二人でのんびりやってくれ」
そう。
俺は下品な言い方をすればクソ真面目な性格で。
その性格故に馬鹿を見るようなところがあった。
「俺の部屋、近くなんだ、式」
誘いの断り方を知らなかった。
虫のいい話にも聞こえるが。
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