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Evil angel-2
くすんだクリーム色のアパート、素通りされた封筒で溢れ返る郵便受、階段に設置された冷たそうな黒い手摺り。
いやにシンとしていて住人の気配が感じられなかった廊下。
一つだけ点滅していた蛍光灯。
「は……っ……ぁ」
部屋に入るなりドアに背中を押しつけられて隹に口づけられた式の脳裏にちらつくのはたった今見てきたばかりの光景だった。
まるで唇を食べられているかのようなキスに涙がじわりと込み上げてくる。
息ができなくて苦しいのと、熱いのと、自己嫌悪のせい。
「……キスだけで涙目か?」
顔を離した隹に揶揄される。
式は口内に残っていた彼の唾液を飲み込んで、ためらいがちに、薄闇で不敵に瞬く青水晶を見やった。
「……貴方は繭亡の友達だ」
「ああ、俺は繭亡の古くからの友人だ、奴の妹ともな、家族ぐるみの付き合いだ」
「……こんなことして罪悪感は」
「俺は友情より下心を優先したい」
はっきりとそう言って退けた隹は眉根を寄せている式の頬を掌でなぞった。
自分よりも大きな、熱もつ、人肌。
式は我知らずため息をつく。
「本当のセックス、あんたに教えてやるよ」
まるで何らかの猛威に追い立てられでもしているかのように寝室へなだれ込んだ。
「……あ、うそ……」
あっという間に式の服を脱がせ、自身も裸となった隹は速やかに交わりへ至った。
唾液を馴染ませ、幾度かしごいて完全に硬くしたペニスを四つん這いにした式の双丘の狭間へ滑り込ませたかと思えば、僅かに音を立てて中へ突き進み、その全てをきつい内壁の奥深くへ埋めきってしまった。
力強く脈打っているのがわかる。
自分の奥底で、仮膣を強引に押し上げて、凶暴な熱が荒々しく唸っている。
式はシーツをぎゅっと握り締めた。
「ん……うう……」
「肌、綺麗だな」
予想通りだ、と笑み混じりに呟いて、隹は我が身を押し包む熱の心地を一先ずじっくり噛み締め、微かに震えている式の締まった腰から下を緩々と撫でた。
そして、不意に、柔らかな尻をぐっと揉みしだく。
「ナカも最高だ。抱き甲斐がある」
さっき頬に宛がわれていたあの掌に乱暴にされているのかと思うと、式は、体中が火照りに蝕まれていくのを止められなかった。
つい、さらにきつく、彼のものを体内で抱きしめてしまう。
すると隹は。
抽挿を始めた。
短いストロークで小刻みに式を突いてくる。
「んっんっ……んっ……」
式は一気に発汗した。
色も形も成熟しきった熱源が行き来する度に迎え入れている孔がぐずぐずに溶けてしまいそうな気がする。
序盤から執拗に奥ばかりを集中して攻められて、とてつもなく興奮している自分が、いる。
なんだか怖い。
未経験の快楽に意識が飛んでしまいそうだ。
間もなくして隹はピストン運動を切り替えてきた。
一回一回、奥から出入り口にかけて、じっくり重く突いてくる。
音が立つほどに肌と肌が容赦なくぶつかる。
「っま、待って……」
式はクッションを掻き抱くと顔を埋め、体内に淫らに鳴り響くピストンに呻吟した。
「もっとちゃんと声出してみろ」
ほら、と言わんばかりに隹は音の間隔を狭めてきた。
リズミカルに速い拍子が奏でられる。
「あっ……だめ、そんな深く……ッ変になる……!」
肉壁に激しく擦りつけられる熱源に率直な感想を洩らした途端、式の視界がぐるりと回った。
「あ……っ」
瞬きすればすぐ頭上に隹の顔が。
ほんの僅かなひと時をおいて青水晶の眼と再会するなり、式は、ぞくりと背筋を打ち震わせた。
「変になれよ、式」
隹は式の隆起に躊躇することなく手を伸ばした。
芯を持ち始めていたそれを握り締め、もっと硬くなるよう、上下に擦る。
「っ……ん……っ……だめ……っ」
駄目、と言いながらしどけなく腰をくねらせる式に隹は密かに笑う。
先端に滲み出した蜜を親指の腹で掻き混ぜ、全体的にねっとりと濡らしてやって、しごく。
肉壁奥の窄まりを熱源で勢いよく刺激する。
「っあっあっ、そこだめ……っんんん……!」
上体を倒した隹に唇を塞がれて式は身悶えた。
口内を隈なく荒らす卑猥な舌遣いに呻き、観念して、自ら舌先を差し出す。
水音と共に舌同士を濃密に交わらせた直後、下唇に浅く噛みつかれると、瞼がぶるりと痙攣した。
また深く沈めた辺りで小刻みに強めに深奥を擦り上げられる。
みちみちと張りついてくる肉壁を押し退けるようにして熱源が打ちつけられる。
緩急と変調を意識した巧みな攻め方に式は堪らず隹にしがみついた。
「もぉ……いきそう、だ、隹……っ」
式は隹の脇腹に両足も絡ませて仰け反った。
切なそうに歪んだ表情が隹の視界に誇張される。
レストランでは自分を前にして強張ってばかりいた顔が見事に緊張を解き、無防備に、無心に乱れていた。
その乱れっぷりをまともに目の当たりにした瞬間、隹の腹の底で鉛めいた疼きが弾けた。
そのまま式の深奥を自身の白濁でしとどに濡らす。
「あ……っなか、に……あ……っあ……っ」
窄まりで重々しく跳ねるペニスから注がれた絶妙なる刺激に式は眩暈を覚える。
隹がまだしぶとく腰を揺らしながら、ひくつく隆起を五指でしごき立てると、彼も続いて達した。
「あ……隹……!!」
隹は式の頬をゆっくり撫でる。
「顔にまで飛んだな……」
「……」
「いつもこうなのか?」
「ちが……」
式は否定した。
顔に散った白濁を指先で甲斐甲斐しく拭い取ってくれている隹を半開きの双眸でぼんやり眺める。
「……自分じゃないみたいだった……」
あんな暴力的な快楽、知らない。
あんなに喘ぐ自分自身も。
これまでのセックスで達したことのない世界……。
虚脱気味でいる式を隹は惜しみなく見つめる。
まだその温もりに浸かっていたくて下肢は繋げたままだ。
直に伝わってくる鼓動に心から安心する。
「お前のボーイフレンドにしてくれよ、式」
また彼は一体何を言い出すんだ?
やや正気を取り戻した式は切れ長な目を全開にして頭上の隹を見つめ返した。
隹は式に再び口づける寸前、青水晶の眼差しに不敵な笑みを添えて、囁いた。
「ベッドの上でなら恋人よりも愛してやる」
ここは笑い飛ばすべきなのか。
怒るべきなのか?
だけど俺はクソ真面目な性格だから断り方を知らない。
……やはり虫がよすぎるだろうか。
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