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Gad hates us/マフィア×少年

■殺すつもりで出向いてみればすでに殺されていた敵幹部。 死体のそばには一人の少年。 血の匂いに惑わされて見た幻は、かつての自分の面影か。 「俺を殺すの?」 背に負われた同罪の十字架か。 正面で手首を拘束された少年の手には血で滑る刃が握られていた。 ベッドの上には無残に喉を引き裂かれた男の死体。 明確な殺意が読み取れる実に深い切り口だった。 「お前が殺したのか」 敵幹部の死体を見下ろして隹は少年に尋ねた。 豪奢なベッドルームの片隅に身を寄せた彼は答えない。 脱げかかったバスローブや滑らかな肌には大量の返り血が飛んでいて、頬や唇までもが赤く濡れていた。 獣じみた鋭い双眸で、全てを拒絶するような眼差しで、血塗られた少年はそこにいた。 「年は?」 「……」 「生まれはどこだ。言葉はわかるか?」 「……」 高級車のバックシートで実りのない会話が延々と続けられる。 隹は返事がないとわかった上で戯れに同じ質問を繰り返し、窓際にへばりついた少年は沈黙を通すばかりで、聞いていた気の荒い運転手は今にも発狂しそうだった。 「ボス、そんなガキ捨てていこうぜ」 血で汚れたままの少年は窓の外の灰色がかった街並みを眺めている。 手錠で自由の利かない両手は力なく膝の上に投げ出されていた。 「クソ気持ち悪ぃあの豚を殺してくれたのは有難いが、何の役にも立たねぇだろ、そんなひ弱なガキ」 細身の体躯はほんの少し力を加えたら簡単に折れてしまいそうな骨組みだった。 長めの髪は色褪せたセピア色で、白いうなじを覆っている。 唇が矢鱈赤く見えた。 バスローブの合わせ目から覗く尖った鎖骨も、痩せた太腿も、痛々しい感じがした。 「使えなさそうだから金にもならねぇよ」 「男娼として売り込んだらいい」 隹のその言葉に少年の身が一瞬痙攣した。 外に向けていた視線を車内で寛いでいた隹に転じたかと思うと、遠慮なく睨みつけてくる。 少年の反応に発言者は唇の片端を吊り上げた。 「言葉はわかるようだな、お前」 少年は目を見開かせ、味気ない灰色の街並みへ慌ただしく視線を戻した。 人一人殺したってガキはガキか……。 革手袋の指の狭間で煙草をくゆらせ、煙を吐く。 血の匂いで幻想でも見たか。 嗅ぎ慣れているつもりだったが、少し興奮していたのかもしれない。 こんな弱々しいガキに自分の影を見出すなんて。 車を降り、嫌がる少年を否応なしに軽々と肩に担ぎ、隹は自分の住処へ帰った。 随分と古めかしいその建物はエレベーターがいつも故障中のホテルだった。 「あんまり暴れると下へ落とすぞ」 螺旋階段の途中で隹が言うと少年の抵抗は些か弱まった。 血塗れでばたつく彼を肩に背負ってフロントを通過する事ができたのは、自分がここの所有者だからだ。 宿泊客もワケありの人間ばかりだし何の気兼ねも必要なかった。 部屋に着くと隹は重たい荷物を長椅子の上に放り投げた。 「生きたいか?」 相変わらず自分をねめつける少年に問う。 「豚に嬲られるくらいなら殺した方がよかった。自らの死は望まなかった。お前は生きたいんだよな」 スーツのポケットに入れていた鍵を取り出すと隹は跪いた。 か細い腕を強引にとり、鍵穴に差し込む。 「準備は手伝ってやろう。だが、本番は知らん。お前の好きにしろ」 歯切れのいい音を立てて手錠は外れた。 それまで瞳の中に満ちていた険しさが引き、代わりに戸惑いを浮かべ、少年は隹を見た。 「俺は隹だ。この街での薄汚い事件にはたいてい絡んでいる。裏の顔役みたいなものだ」 水晶色の双眸が冴え冴えとした光を放つ。 短い髪は月に似た色をしていた。 長身の逞しい体に漆黒のスーツがよく似合っている。 対峙する者に不敵な危うさを容赦なく突きつけてくる油断ならない男だった。

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