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Gad hates us-3

自分に触ろうとする手はどれも汚かった。 孤児院の神父も酒臭い人攫いも俺が殺した男も。 吐き気がする程に。 自分の体を侵略するのが許せなかった。 「う……ぁ」 だけどこの手は振り払えない。 骨を軋ませるように重たくて、おかしな熱を血肉の隅々にまで注ぎ込んでくる。 殺意が生まれる隙さえ与えずに。 「大丈夫か」 欲望が宿ったばかりのまだ幼い肉片を着実に解放へ導きつつ隹は尋ねた。 浴槽の底に膝を突いた式が自分の指に噛みついているのを見た彼は、その手を口元から無理矢理引き剥がす。 「代わりに俺の手でもくわえてろ」 そう言って筋張った長い指を細い下顎へと伝わらせる。 無遠慮に歯を立てられて一瞬眉根を寄せたが、耐えられない事はなかった。 頭からタオルを被った式は時折掠れた声を洩らした。 力が入らないのか、内腿を痙攣させて隹にもたれてくる。 細身で頼りない肢体は確かな熱に満たされつつあった。 「……こんな、の……ぁ……」 一定の速さで上下に動く手に喉を詰まらせ、逞しい胸に湿った髪を擦らせて、式は隹を仰ぎ見た。 「俺を殺すの?」 薄暗いバスルームで少年の双眸が濡れた光を帯びる。 隹はその光に一瞬にして魅入られた。 激しく、狂的に、欲情した。 「あ……!」 一気に速度を上げられて式はとうとう白濁の飛沫を放った。 隹は吐精の勢いに喘ぐ唇をすかさず奪う。 華奢な体の向きを変えてタイル張りの壁に両手を縫い止め、浴槽の底に膝を突き、欲望のままに口づけた。 急に荒々しい動きとなった隹に式は当惑する余裕もなかった。 初めて味合わされた欲望の解放に意識が溺れて、何をされているのかも理解できなかった。 「ふ……ぁ……」 ただ体は正直に反応する。 口腔で生じる舌先の淫らな蠢きに唾液は溢れ、再び伸びてきた掌に先端を擦り上げられて体の奥底が疼いた。 耳元に両手を添えて頭を固定し、隹は薄赤い唇を欲深く貪る。 理性が完全に飛んでいる状態だった。 今までに得た覚えのない刺激的な興奮が心身を犯していた。 この薄っぺらな体に思う存分欲望を叩き込んだらどんな絶頂を迎えられるだろう? 「……これ……さっき……」 唇の狭間で式の声が洩れた。 絡めていた舌を解いてやると、少年は霞んだ瞳で我欲に煽られた水晶の双眸を見やった。 「赤い髪の人と……してた。あの人が上に乗って……」 「お前、見ていたのか」 膝頭に乗せてやると式は僅かに頷いた。 濡れてはいるものの熱を得た肌の感触が掌に心地いい。 しかしそのままでいさせるわけにもいかず、落ちていたバスタオルで細身の体を包み込んで抱き上げると、隹はバスルームを後にした。 腕の中の式は来た時の様子と打って変わって大人しくしていた。 「寒くないか」 整然と設えられたベッドに彼を下ろし、問いかける。 式は首を縦に振った。 大きなタオルから発育途中にある紛れもない子供の体が見え隠れしていて目に痛い。 吐精しても執拗に続けた己の愛撫のせいで熱源はまだ昂ぶりを宿しており、彼自身、眉根を寄せてつらそうにしていた。 これ以上そばにいたら壊しかねない。 やや正気を取り戻した隹は自分らしからぬ焦燥感に蔑みの自嘲を覚え、ベッドから腰を上げた。 「やり方は教えた。後は自分で処理しろ」 それだけ言い残して速やかにベッドルームを立ち去った。 閉ざされたドアをしばし見つめた後、式は覚束ない手つきで自身をなぞってみた。 心臓の裏側がうるさい……血が逆流してるみたいだ、だけど……。 シーツに横向きになって寝、まだ幼さの残る肉片の先を擦り上げながら式はもう一度ドアの方へ視線を向けた。 あの人が触ってくれた時の方がもっと……。 「……ん」 式は先程の隹の手つきを思い出した。 青水晶の眼差しを、口内を淫らに荒らしていった舌先を、黒いシャツ越しに触れた体温を。 「あ……ッ、ぁ……ぁ……」 バスタオルに噛みついて身を捩じらせる。 不要な力に足先が強張り、張っていたシーツに皺が寄る。 戸惑いも恐れもかなぐり捨てた式は一心に自身を追い上げた。 豊満な女の肉体以上に欲望を煽るか細い肢体は加減を忘れたらきっと壊れてしまうだろう。 それならもういっそ壊してしまおうか。 媚薬で痛みを誤魔化し、快楽で理性を麻痺させ、肉欲の檻の中に閉じ込めて。  ドア越しに聞こえる微かな声だけでこんなにも欲情させるくらいだ。 焦燥なんて柄じゃないだろ。 「……隹……」 窓辺に佇んでいた隹はその呼号を耳にして振り返り、閉ざされたベッドルームのドアを見つめた。 夜の訪れに街の明かりが際立ち始める。 色褪せていたはずの灰色の街並みが活き活きと輝き出し、何を考えるでもなく生まれ変わった景色を見下ろしていた隹はやっと窓辺を離れ、ベッドルームへと向かった。 式は広々としたベッドの片隅で眠りについていた。 薄闇に曝された肌が目に毒で、隹はブランケットを彼にかけると端に腰掛けた。 随分と安らかに聞こえる寝息が耳に心地よかった。 同時に、女の喘ぎ声や絶頂を希う淫らな哀願よりも自身を煽る甘い刺激に相当し、密かに焦燥した。   ……どうかしているな。 隹は随分とあどけない寝顔を肩越しに見、身の内で暴力的なまでに湧き上がるその衝動をしばし持て余した。 衝動に従えばこいつは壊れかねない。 そうなれば、その時は、俺も壊れるだろう。 道連れなんてごめんだ。 「それこそ柄じゃない」 思わず洩れた独り言に目覚めを誘われたのか。 式の瞼が震えたかと思うと、おもむろに覚束ない視線が紡がれた。 「……隹……」 道連れなんてごめんだが。 お前が惨劇を生み落とす引鉄を自ら引くというのならいくらでも的になってやろう。 「宵の入りにお目覚めか。日夜が逆転するぞ。お前、案外この街に向いてるかもしれないな」 俺達は神に嫌われた罪人同士。 お前になら裁かれるのも悪くないかもしれない。 「ところで、そろそろお前の名前を聞かせてくれるか?」 笑ってそう口にすると、隹は、式の額にキスを落とした。

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