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バンパイア・ダーリン/先生×生徒

■これは呪いにも似た発作。 誰にも知られたらいけない秘密だった……。 「ここより先は怖いくらい、いいか」 おれは隹先生から血をもらう代わりに。 隹先生に俺をあげる。 中高一貫性のプロテスタント系ミッション・スクールにおいて、地理歴史科の世界史を担当している隹は本年度の中等部新入生クラスの担任を受け持つことになった。 小学校を卒業したばかりで幼さをあからさまに引き摺る生徒もいれば、ひどく大人びた物腰の生徒、古い歴史ある男子校ながらも校風は自由で、早速髪を染めてピアスを開けている生徒もいた。 様々な色を持った少年達が集う混沌たる教室で隹の目を最も引く生徒がいた。 「図書委員を希望します、隹先生」 新しい教室で初めてのホームルーム、委員会決めで迷うことなく最初に挙手した彼。 大半の生徒が成長を見越して大き目のサイズを着用している中、ブルーグリーンのストライプシャツにネクタイ、ブレザー、現在の華奢な体型にフィットした制服を着こなして、切れ長な双眸に凛とした眼差しを宿していた。 彼の名は式といった。 陶器じみた白磁の肌はひどく滑らかそうな。 強めの色味をした端整な唇。 一学期の中間考査では総合トップを飾ったほどに優れた頭脳。 一見して近づきがたい雰囲気があり、単独行動を好むかと思われたが、そんなことはなかった、固定の友人がちゃんと存在しており、申し分ない協調性も持ち合わせていた。 要するに才色兼備。 非の打ちどころがない、完璧な仕上がりの生徒は周囲のクラスメート達に頼られ、親しまれ、自然と教室の中心に据えられるようになった。 「隹先生、持ちましょうか?」 「介護されるにはまだ早いお年頃だぞ、俺は」 「そうですか、すみません」 「式ー! 体育祭の写真張り出されてるよ! 見に行こ!」 「うん、宇野原(うのはら)」 授業で使用した資料を抱えて職員室に戻る途中だった隹は、休み時間、友達の元へ駆けていく式の背中をしばし見送った。 案外、普通、だな。 特に拗らせた性格でもない、手を煩わせる心配なんざどこにもなかった。 『隹先生』 最初に目が合った瞬間。 不穏な翳りを引き摺っている気がしたのは錯覚か。 しかし隹が初見に抱いた式の第一印象は気のせいではなかった。 「何やってるんだ、式」 再び隹は二年に進級した式のクラス担任となった。 春休み開け、新調された制服を唯一着た彼と再会した教師は、明らかな異変に内心戸惑った。 「顔色悪いよ、式、大丈夫?」 「保健室行って来いよ、今にも倒れそーだぞ」 仲のいい友達だけじゃない、クラスの皆が優等生の異変に気が付いていた。 「……大丈夫、少し頭痛がするだけ、平気だから……」 白磁というより青磁のように青ざめた肌。 あまりの生気のなさに教室中がざわめいていた。 二年生になって最初の朝礼が終了し、始業式が開かれるチャペルへ向かう前、無視できずに体調を尋ねた隹にも「大丈夫です」と式は頑なに繰り返すばかりだった。 周囲の心配を余所に、不調そうな様子に反して、式は毎日学校にやってきた、体育の授業にも出た、遅刻すらしなかった。 体調不良としか思えない顔色は一向によくならず、一瞬、家庭に問題があるのかと疑った隹だが、それはないと打ち消した。 会社役員の父親に専業主婦の母親。 去年の体育祭には二人揃って応援にやってきていた。 三者面談では、一人息子である式の意思を最優先に考えて尊重したい、とにかく学校生活を彼なりに楽しく過ごしてほしいというスタンスがひしひしと伝わってきた。 「おれは大丈夫です、隹先生……」 顔面蒼白な優等生。 一体お前に何があったんだ、式。 式は何も語ろうとせず、こうなったら自宅に電話して母親に何か思い当たることはないか聞き出すか、さてどうするか、隹が考えていた矢先のことだった。 ゴールデンウィークが過ぎ去った五月半ばの放課後。 木造の旧校舎は全て取り壊され、白を基調とした静寂の学び舎に新緑の風が吹き込む廊下を隹は突き進んでいた。 『隹先生、式が教室で眠ったままなんです』 『もう五時を過ぎた。起こして帰れ』 『ぐっすり眠ってて、起こすの可哀想だから』 『隹先生、後で様子見といてくれません?』 『俺がか』 『おれも(きた)も塾があるから、そろそろ行かないと』 郊外に建つ学園の周囲には山林が広がり、この季節、学内はやたら甘く感じられる芽吹きの匂いに満たされる。 疎ましい匂いを振り切るように足早に前進していた隹は、自分が受け持つ教室前で、ふと歩調を緩めた。 もしかしたら式がまだ寝ているかもしれないと、音を立てないよう、ゆっくりドアを開いた。 式はいた。 眠ってはいなかった。 落陽の時刻、清々しかった青に朱色の差し始めた、淡い水彩画じみた空が窓いっぱいに広がっていた。 窓際の席で式はカッターナイフを左手首にあてがっていた。 隹は。 走った。 すぐにか細い凶器を生徒から奪い取った。 「何やってるんだ、式」 着席していた式はぼんやり隹を見上げた。 片方だけ腕捲りされた長袖シャツ、自傷は未然に防ぐことができたようだ、蝋の色をした肌に傷跡は見当たらない。 「お前、何があった、どうして誰にも何も教えないんだ」 瞬きした切れ長な双眸。 虚ろだった視線は鋭く煌めく眼から下にずれ、ソレを凝視した。 「先生」 生徒が傷つかないよう教師が咄嗟に掴んだのはカッターナイフの刃先だった。 全力で握り締めたために裂けた皮膚。 拳からみるみる滲みゆく赤い血。 「式」 式はふらりと立ち上がると長身の隹と向かい合った。 「血が」

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