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バンパイア・ダーリン-2
「夏休み中に限らず普段にも言えたことだが、知らない人間についていかないこと、夜分は特に、知っている人間でもいつもと様子が違う場合、警戒を怠らないこと」
「おれらのこと小学生扱いしてるよなっ、隹先生」
「宇野原、お前はちゃんと聞いといた方がいーぞ、マジで」
「なんでだよっ、北のばかっ」
「式もな」
「え……?」
「お前の場合は冗談抜きに、ほんっと、男でも女でも用心しなきゃだぞ」
大掃除を済ませ、一学期最後のホームルーム、窓際の席で伏し目がちでいた式は友達の宇野原と北に小声で話しかけられて顔を上げた。
「夏休み、川遊び行こーな、式っ」
前の席の宇野原に笑いかけられて、斜め前の北に「むりして宇野原に付き合わなくていーぞ」と言われて、式も思わず笑いそうになって。
夏休みの注意事項を適当に述べていた隹と目が合い、また、すぐに視線を伏せた。
「このコきれい」
一学期の終業式が終わった。
スクールバスで自分が暮らす街中まで一時間かけて移動し、数人の生徒と下車し、交差点に一人立っていたら隣から聞こえてきた声。
瀟洒な日傘を差して縞柄の涼しげな浴衣を着た薄化粧の女性と、その恋人と思しき青年が揃って式を見ていた。
歩行者信号が青になると式は二人から離れるように斜め方向に歩き出した。
四月から五月に見られた、体調不良としか思えなかった病人じみた顔色は、すっかりよくなっていた。
遥か頭上より殺意すら感じられる猛烈な日差し、足元からはアスファルトの熱気が容赦なく立ち上り、道行く人々は皆暑さに参っている。
それなのにひどく滑らかな白磁の肌は汗一つだってかいていない。
触れてみれば、氷水に浸る果実の如く、ヒヤリとしていそうな。
灼熱にうだる地上において式だけが別の世界を歩んでいるかのような。
式は高層マンションの最上階なる自宅には帰らなかった。
客の多いブックカフェの片隅で、アイスコーヒーを少しずつ飲みながら廃虚や森林の写真集を眺め、店内の喧騒を余所に二時間近くを過ごした。
次に式が向かった先はバス停だった。
半袖のブルーグリーンのストライプシャツ、鞄を持ったまま、やはり自宅に帰らずにバスに乗って違う町へ向かった。
この二ヶ月で三回訪れた場所。
四回目となる来訪にどこか緊張した面持ちで、連なる街路樹が影を落とす表通りを進み、コンビニのある角を曲がって裏通りへ。
緩やかな坂道を上ると茶と白のツートーンで統一されたマンションのエントランスへ。
目的の部屋のインターホンを慣らせば無言で解除されたオートロック。
ため息を殺した式は中へ進んだ。
「隹先生」
「タイミングいいな。俺も今帰ってきたところだ」
「……先生が大体この時間に、って……もう、こんなこと、おれ」
「おいで、式」
ネクタイを外した隹は1LDKなる我が家の片隅で立ち尽くしていた式を呼ぶ。
「お待ちかねの間食の時間だ」
長袖のワイシャツを左だけ腕捲りし、アウトドア向けに販売されている折り畳みナイフを翳してみせた担任教師に、優等生は静かに凍りつく……。
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