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バンパイア・ダーリン-3

新緑の息遣いがどこかしこからもしていた五月の放課後の学び舎。 隹は式の秘密を知った。 全ての窓が優しく穏やかな青に浸されて、まるで夕方の水槽の中にいるような錯覚に沈んだ教室で。 式は隹の血を貪った。 小さき獣さながらに息を荒げ、歯まで立て、鮮血滴る掌に喰らいついた。 『ッ……せ、ん、せ、い……』 自己防衛が咄嗟にはたらき、力づくで突き放して凝視してみれば、式も式で切れ長な双眸を見開かせて隹を見つめていた。 一瞬にして瞳が変色していた。 傷口に満ちる血と同じ色をしていた。 『先生、おれは……病気、です、きっと……ほしくて、ほしくて、どうにかなりそうだった……』 誰かに咬みつきたくて狂いそうだった。 『おれは……異常です……』 鮮血色の双眸から溢れた涙は透明で。 あれだけ蒼白だった肌も、あっという間に元の白磁に、いや、いきいきと紅潮して以前よりも血色がよくなり、触れれば、いとおしい微熱に指先が溶かされそうな。 『こんなこと誰にも言えません……おれ……どうしたら……』 絶望に打ちひしがれて涙する式から隹は目を逸らせなかった。 驚きや動揺は鎌首を擡げた欲望に削ぎ落とされた。 誰にも言わなくていい、誰も知らなくていい、誰にも渡したくない。 独り占めにしたい。 こんなに悩ましげな色を俺は他に知らない。 『俺の血がもっとほしいか、式』 おかげで隹は最近半袖を着れなくなった。 「ッ……ッ……ッ」 三人掛けのソファに腰かけた隹の両足の狭間には式が座り込んでいた。 ワイシャツが腕捲りされた左腕に深々と咬みついて隹の血を吸っている。 あらかじめ折り畳みナイフで浅く刻んだ傷口。 伏し目がちでいる切れ長な双眸は、やはり、この餌付けの時間のみ色を変えて赤く瞬く。 見る間に紅潮し、うっすら汗ばんで、火照っていく肌。 この部屋へ来るまでは不安や緊張、嫌悪感すら抱いて躊躇していたはずが、餌付けが始まれば理性を手放して式は溺れる。 これまでの三回の訪問すべてそうだった。 怖いのに、嫌なのに、何一つ理由がわからず混乱しているのに。 すべてを忘れて隹の血に翻弄される。 あるまじき禁忌に自ら堕ちて、そして……。 「式」 隹はやはり小さき獣さながらに餌付けに夢中になっていた式を我が身から容赦なく引き剥がした。 自分自身の血に塗れていた唇にキスをする。 家族も、学校の誰も知らない優等生の変貌に心身共に中てられて、暴食の見返りをここぞとばかりに求めた。 「ふッ……ぅ……ふーーーッ……ふーーーッ」 餌付けを中断された式は、最初は、不機嫌そうに威嚇してくる。 隹の唇にまで噛みついて、腕に爪を立て、離れようとする。 そうはさせまいと隹は抱擁に力をこめる。 血液でぬるつく口内を舌先で掻き乱し、嫌がる式の舌を捕らえ、強引に絡ませ合う。 「んっ……っ……っ……」 皮肉にも独裁的な口づけで式は我を取り戻していく。 餌付けで火照った肌身はそのままに、逆に隹から貪られ、窒息寸前の生々しい息苦しさに薄れていた理性が蘇って、いつものように混乱する。 変貌が解けて、切れ長な双眸を彩っていた鮮血色も溶けて消え、式が元に戻っていく過程を腕の中で実感していた隹は満足げに笑った。 「俺の血の味がする」 濃厚な口づけを中断し、小さな顔を両手で挟み込んで、たちまち涙に濡れた瞳を覗き込んだ。 「……隹先生、もう、やめて」 「どうして。この関係はお互いメリットでしかないだろ」 「ッ……やめてください、もうこれ以上、ここで止めて、」 「優しい両親に知られてもいいのか」 フロアに膝を突いて隹を見上げていた式は戦慄した。 「愛情を注いで慈しみ深く育ててきた我が子は淫血症で教師の血を飲んではトリップして興奮している、そんな、ありのままの酷い真実を伝えても差し支えないか」 切れ長な双眸から氾濫した涙が隹の両方の親指を湿らせた。 「精神病院に収容されて、冷たい寝台にでも拘束されて、心のケアでもしてもらうか?」 俺が一番わかっている、式。 目の色まで変えて血を貪って、低下していた生命力を培うなんて、精神病院も心のケアも通用しない。 餌付けの間だけ妙に鋭くなる犬歯ならぬ乱杭歯。 お前の心は異常じゃない。 「……嫌い、隹先生……」 お前にこんなにも魅入られている俺の方が異常だ。

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