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A promise/半魔×大尉

■不意にそれは始まった。 闇による光の侵攻。 世界の破滅。 黙示録の始まり。 「大尉をどうするつもり?」 「永遠に守り抜く」 「怪我をしているの?」 その手はとても温かかった。 冷たく鋭い暗闇色の孤独しか知らなかった俺に惜しみない温もりと安心を与えてくれた。 「大丈夫。きっと、また飛べるようになるから」 不意にそれは始まった。 闇による光の侵攻。 世界の破滅。 黙示録の始まり。 人に非ず、人を駆逐する、おぞましい異形のものが蔓延る魔界と人間界を繋ぐ「穴」が生まれてしまった。 詳しい経緯は未だに解明されていない。 もちろん人間は対抗した。 主要各国の軍事力を結集させて未知なる敵に戦いを挑んだ。 しかし魔物の生命力は高く、その威力は絶大で、一晩で一つの国が殲滅されるような事態に世界中は忽ち混乱に陥った。 一週間で人口は激減し、文明はそこで停止した。 殺戮に対し永遠なる飢餓を抱いた敵方に人々はなす術もなく、それでも希望を捨てず、愛するものを守るために抗戦を続けた……。 ある避難所で食糧が尽きた。 配置されていた軍部の人間は食糧確保のため、決死の作戦に出た。 大した計画などない。 地図で確認したショッピングセンターへ向かい、誰か一人でも生き残って飢えた民間人に水と食べられるものを持ち帰る。 ただ、それだけだった。 昨日、上官である少佐が死亡し、ここの指揮権をとったばかりの式大尉が作戦に加わる事に部下達は抗議した。 「我々全員死んだら誰がここを守るというのです」 「大尉は残ってください」 式は首を左右に振り、一人、最年少の隊員を避難所に残すようにした。 「我々は死ぬために行くのではない。誰か一人でも生かすために、絶対に、死んではならない」 郊外の廃工場で肩を寄せ合う民間人達は彼等の覚悟に感銘を受け、男達は作戦に志願したが、式はそれも断った。 ここを守り通してほしい。 母親の腕に抱かれて眠る幼子を見つめ、微笑んで、それだけを伝えた。 作戦決行を数分後に控え、先頭に立つ式は懐からあるものを取り出した。 「大尉、いつものやつですね」 そばにいた中尉のセラが声をかけてくる。 式は頷き、頭上にそれを翳した。 中央で燃え続ける松明の明かりに白く輝くそれは。 「私のお守りだ」 優しかった祖父から手渡されたとても綺麗な大きな羽根。 「まるで天使の翼みたい」 セラの言葉に式は小さく笑った。 もし本当にそうならば部下の皆に天使のご加護を。 そう、心の中で密かに唱えた……。 大型となる魔物の姿はなく、幸運にも無傷で目的地近くまで辿り着いた式の部隊は順調にショッピングセンターを目指した。 鉄塔に追突したトラックには腐りかけの死体が残されたまま、他にも死体があちこちに見受けられ、道中は悲惨な有様にあった。 目指す建物までもう少し、姿勢を低くしていた部隊は警戒を怠らず慎重に前進を続ける。 空は分厚い雲に閉ざされて太陽は見えない。 朝昼夜の区別がまるでつかない暗い世界であった。 「……大尉! 空にいます!」 頭上を警戒していた隊員が声を上げる。 一斉に全員が頭上を見、遥か上空に翻る翼の影を認めた瞬間ーー。  「うわぁ!」 足元が大きく揺れたかと思うと地面に禍々しい亀裂が走った。 地底から姿を現したのは猛火を纏った甲殻系の魔物。 呼吸を遮る程の熱気が容赦なく吹きつけてくる。 駄目だ、此れに銃は効かない。 式は背後に声を張り上げた。 「ロケットランチャー、発射!」 隊員が耳を塞いで身を伏せると同時に轟音が響き渡った。 歩兵隊専用兵器の弾頭が一発、的中する。 魔物は咆哮を上げて火を撒き散らした。 が、斃れる気配はない。 仕留めるには武器がまるで足りない。 ショッピングセンターへの経路を断つようにして魔物は燃え盛っており、潜り抜けていくには危険過ぎる。 式は即座に決断した。 「私が囮になる! お前達は先へ!」 部下達が制止する間も与えずに式は魔物の前へ走り出た。 醜い、異臭を放つ蟲の魔物に効かない機関銃を構える。 三角に尖った口器の奥から禍々しい呪詛じみた鳴き声を吐き続ける異形を立て続けに銃撃した。 口器は裂け目となって広がり、どす黒い口腔の奥で炎の玉が生じた。 あれをこちらへ放つつもりなのだろう。 いいだろう、放てばいい。 その僅かな隙を部下達は見逃さないはずだ。 作戦決行のため目指すべき先へ……。 「申し訳ありません、大尉」 「大尉を残してはいけません」 上官の左右に並んだ小隊はありったけの銃弾を魔物へ浴びせた。 炎の玉は瞬く間に大きくなり、彼等の皮膚や前髪を焦げつかせ、気道までも焼き焦がそうとした。 それでも彼等は銃撃をやめなかった。 天使の加護など夢の話か。 最後まで言う事をきかない、優し過ぎる者達だった……。   鼓膜を振動させる銃声の中で猛々しい翼の風切り音が聞こえたような気がした。 ああ、そうだ、お前だ。 懐かしい匂いがする。 これは昔の俺の匂い。 炎の波が辺り一帯を呑んだ。 尋常ならぬ熱風に立ち並ぶ鉄塔は崩れて消し飛び、一瞬で瓦礫と化した。 灰が雪のように舞う。 残骸が至るところで燃え燻る。 網膜を焼くような眩しい炎の残像が眼球を苛み、式は、しばらく目蓋を上げられずにいた。 「うう……」 誰かの呻き声がする。 咳き込む声もした。 何という幸運だ、我々は生きている。 一体何故……。 式は涙ぐんだ双眸を必死で見開いて現状を確かめようとした。 最初に写り込んだのはぼやけた人の顔だった。 何度も瞬きして視界を鮮明にしようとしたら、頬に何かが触れた。 「ああ、そうだ、お前だ」 それは聞いた事のない声だった。 俺を腕に抱く貴方は誰だ? 「お前を守るために俺は来た」 翼の翻る音がもう一度聞こえた。   式の隣にいたセラは目撃していた。 魔物が火の玉を口から放つ寸前にそれは舞い降りたのだ。 その男は。 漆黒の翼を持った彼は。 猛々しく広がった大きな翼は今までに見た事もない業火の如き獰猛な炎を食い止めた。 おかげで式を含めた小隊は焼死を免れた。 炎は周囲の障害物だけを神の裁きと言わんばかりに一瞬にして薙ぎ払った。 月と同じ色をした短い髪に青水晶の眼。 黒服に黒い翼。 私達を助けたこいつは何者? 突然の闖入者に気を取られていたセラははっとした。 炎の魔物が地中へと戻っていくではないか。 地響きが起こり、蹲っていた仲間の隊員が苦しそうに呻吟する。 セラは仲間を起こそうと身を屈めた。 「こいつの名は?」 セラは男を仰ぎ見た。 彼はいつの間に気を失った式を軽々と抱き上げていた。 大きな翼が腕の中の式を守るように折り曲げられている。 敵意を感じられない相手にセラは眉根を寄せながらも答えた。 「式大尉よ。我々の上官……高潔な人よ」 「ふぅん、式か」 魔物が失せて静まり返った辺りに男の何気ない呟きが響いた。 漆黒の翼を眺めていたセラは上官が持っていた色違いのお守りを思い出し、反射的にその問いかけを口にしていた。 「貴方、まさか天使?」 男は青水晶の眼を細めて小さく笑った。 式の煤けた頬を片翼の先で器用に拭いながら、答えた。 「俺は魔界の住人だ」 「!」 セラは足元に落ちていたショットガンに手を伸ばそうとした。 しかし上官が腕の中にいるので応戦の仕様がない。 当の式は目覚める気配も見せずに瞼を閉ざしたまま。 久方ぶりに見るその安らかな表情にセラの警戒心は否応なしに削がれた。 「大尉をどうするつもり?」 「永遠に守り抜く」 人間と魔物の合いの子のため奇形であった白い翼は今では漆黒の鋼となり、彼を守る鉄壁の囲いにまで進化した。 不意にできあがった「穴」など関係なしに二つの世界を当に行き来していた混血の俺だからこそ見つけられた出会い。 得られた奇跡。 全てから守り通したいと思える、何よりも愛するもの。 どれだけ世界が絶望と暗闇に満ちようとお前だけは温かいままで、式。

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