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毒を喰らわばついでにお前も食っとこ/手負いの好敵手×真面目な退魔師
■傲慢で不遜で弱者を足蹴にし己の力を堂々と見せつける隹を嫌悪していた式。
しかしその隹に命を助けられた。
目を負傷して包帯に閉ざされた不敵な青水晶。
罪悪感に陥った式は目が見えなくなった隹のために…………
「案外、欲深いな、式」
ろくでもない男め、地獄に堕ちろ、お前に良心はないのか、隹め。
ドアの隙間から見えたその姿に式は息を呑んだ。
一人の男がこざっぱりとした部屋の寝台に座っている。
目元に巻かれた包帯が否応なしに視線を奪う。
芹はつい先程の戦闘を思い出さずにはいられなかった……。
人に害為す魔類 を倒す。
それが式の属する退魔組織が掲げる使命であった。
危害を及ぼす魔類を無償で断ち、命を賭して弱き人々を救い、平和を守る。
清く高潔な者達によって成された正義感溢れる穏健派勢力に相当する。
一方、賞金稼ぎを目的とする無宿 という者達もいた。
戦闘能力の高い個々人がそれぞれ好き勝手に動いており、貴族や富豪に雇わたら一夜で仕事を片づける殺戮のエキスパート。
退魔組織の生温い方針を受け付けられない冷淡な実力者達が数を占めていた。
時折、退魔組織と無宿の人間は仕事をかち合う時があった。
今回も首都から外れた辺境住人に依頼されてやってきた式は、その地区の有力者に雇われていた彼等と遭遇して苦虫を噛み潰す羽目となった。
「ああ、無宿の者達か」と、式と共にこの地を訪れていた上司が声をかける。
三人いた無宿者の内、二人は軽い会釈を寄越してきた。
残る一人の無反応ぶりを式は咎めようとしたが、上司にすかさず止められ、内心不満を募らせた。
「……あの男、隹は苦手です」
大太刀を背負い不敵な笑みで表情を飾る男、隹を遠目に式は呟いた。
「何故、苦手なのだ?」
己の強さを鼻にかけ、弱者を平然と踏み潰すその傲然たる振る舞い、目つき、言葉。
とにかく隹の全てが式は嫌いだった。
「珍しいな、お前がそこまで感情を左右されるとは」
何故か上司に涼しげに笑われて式は密かに憤慨したのだった。
しかしその天敵に式は命を救われた。
地区内の限界集落に接する森に巣食っていた魔類は体内に毒を宿す性質の悪いものだった。
蟷螂を巨大化したような姿形、数が多く、上司とはぐれた式は川岸で不運にも囲まれた。
退魔組織幹部にあり戦闘経験も豊富な彼は焦らず、白鞘の大刀で牽制しつつ的確に急所へ小刀を放ち、距離をとって一体ずつ倒していった。
「まだるっこしいんだよ、お前等のやり方は」
岩場に追い込まれていた式は頭上から聞こえた声に返事をしなかった。
先程から気配は感じていたのだ。
その不敵な笑みが自分に向けられて覚える不快感も。
「手伝ってやろうか」
「余計なお世話だ」
式が背にした岩石の上に立つ隹はせせら笑った。
笑われた式は闘争心に火が点き、丹念に研がれた小刀を三本同時に放って敵を三体倒した。
ああ、頭にくる、この男……。
最後の一体は隹への腹いせも込めて大刀そのものを敵の急所に投げつけ串刺しにした。
己の最大の武器を手放したのが甘かった。
急所に小刀を投げ損ねた一体が思いがけない速さで起き上がるや否や鎌さながらに鋭い切れ味の前脚を大きく翳した。
隹が間に入らなければ式の首は切断されていただろう。
距離を保たなければならない相手に隹は大太刀を振り被って止めを刺した。
顔に血を被った彼は式に何も言わずその場から立ち去った。
珍しく足取りをふらつかせながら。
式は何も言えずに森の中へ戻っていく隹を見送った……。
その部屋は式達が泊まっていた宿屋の一つだった。
有力者から依頼されて赴いている無宿達には豪奢な屋敷の一間が用意されているはずであった。
ここに来たのは隹を緊急で村の医者に見せるためだろう。
先刻、窓から付き添いの二人と医者が表へ出て行くのを式は自分の部屋から見下ろしていた。
「式、見てきた方がいい」
上司に促されて彼等の部屋を訪れた。
そこにいた隹を見て彼は言葉を失った。
まさか失明したというのか。
毒の血を至近距離で浴びて……。
俺を守ったがために?
「誰だ」
何も見えていないはずの隹の鋭い一声に式ははっとした。
一瞬だけ唇を噛んで部屋の中へおもむろに足を進める。
「……俺だ、隹」
隹は顔を上げた。
幾重にも巻かれた包帯の下で唇の片端が吊り上がる。
「ああ、お前か、式」
邪な双眸は見えなくとも彼はいつも通りに不遜な笑みを浮かべていた。
以前と何も変わらない人の悪い笑みを。
式は「すまない」と、拳を堅く握って隹に心の底から詫びた。
「まさかこんな事になるとは……俺の不注意のせいで……」
「……」
「俺にできる事があれば何でも言ってほしい」
不意に隹に手首を捕まれて驚く暇もなく式は引き寄せられた。
「何でも?」
「……え?」
「お前、何でもやってくれるのか?」
自分より上背のある隹に抱き止められた式、意味深な体勢でありながらも、そんな状態に何の警戒心も危機感も抱かず、ただただ誠心誠意を込めて返事を。
「何でもやる」
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