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毒を喰らわばついでにお前も食っとこ-3
絶対に嫌だ、と言いたかった。
ろくでもない男め、地獄に堕ちろ、とも。
お前に良心はないのか。
俺を相手にどういうつもりだ、諸々。
「何でもしてくれるんだろう?」
隹の不遜な笑みが式の良心を却って刺激する。
その身に毒を喰らう引き鉄となった自分自身に恨みや怒りを一切ぶつけてこないこの男にはやはり頭が上がらないわけで。
「……ン」
壁に立てかけた枕に背中を預けてぞんざいに構える隹のそれを、観念した式は、口に含む。
口腔におさまりきらない隆起は硬く熱く、雄々しく、強く脈打っていた。
「ふ……ッ」
これが先程まで俺の中に入っていたというのか……。
信じられないのと同時に式は妙な昂揚感に身を巣食われ始めた。
一度だって想像も及ばなかったこの行為に何故だか興奮している自分がいて、焦燥する。
しかし離れるわけにもいかずに懸命に口淫を続けた。
湿り気を帯びる先端の割れ目に舌先を泳がせて雫を舐め取る。
苦心して頬張ればたとえようのない苦味が広がり、嫌悪感は湧かず、あられもない昂揚感に下肢の方からじわじわと蝕まれていく。
どうしよう、勃っている……。
隹の回復に驚かされたばかりの自分自身が同じ様となっており、式は、辟易した。
「もっと舌を遣え」と、ぞんざいに指示されて式は頭を悩ませながらも隆起に舌尖を絡ませた。
肉欲の雫は枯れるどころか次々と溢れて切りがない。
勃起した自分自身も再び先走りに濡れ出しており、式は、あまりの浅ましさに泣きたくなった。
……この男は今何も見えていない。
隹のものをむしゃぶりながら式はとうとうそれへと及んだ。
己の股間へ伸ばした手で自身を弄り始める。
隹に気取られないよう、そっと、密かに。
「式、お前、自分でしてるのか」
しかしすぐに感づかれて情けなく赤面する羽目になった。
「お前がそこまでする奴だったとは知らなかった」
「……お前のせいだ、隹」
隹は笑った。
縮こまっている式をぞんざいに抱き上げてあらぬ場所へアンバランスなキスをし、互いの熱を孕む虚空に向かって囁いた。
「それは光栄だ。喜んで責任をとってやる」
翌日、式は己の目を疑った。
「昨夜は熱烈な一夜だったな、式」
途方もない腰の痛みに耐えながら向かった食堂で隹を見つけ、式は返事もできずに卓の狭間で立ち竦んだ。
端の卓に着いていた上司に寝坊を詫びる気も一瞬で削がれた。
仲間二人と朝食をとっていた彼に釘づけになる他なかった。
「お前の善がる姿をこの目で見れなかったのが残念だ」
その目を覆う包帯はなく、以前と何一つ変わらない青水晶の双眸が式を真っ直ぐに見つめていた。
「ぜひまた同衾してもらいたいものだな」
「……これはどういう事だ……お前、見えてるのか?」
「昨日は毒のせいで見えていなかったが。今朝にはすっかり回復したのだ。医者の言った通りだったな」
横にいた赤髪の男が親切に説明してくれた。
女の方は気の毒そうな眼差しでどんどん青ざめていく式を見ている。
当の隹は悠然と珈琲を飲んでおり、式の驚きなどどこ吹く風であった。
……こいつ、刺してやる。
「式、食事が冷めるぞ」
やってきた上司が呑気に言う。
凍りついている式の肩を叩き、微笑を浮かべ、彼は続けた。
「まぁ、私は反対しないぞ」
「……は?」
「仲間には私から報告しておこう。式の添い遂げる相手が見つかったと」
「こんな無法者でよかったらそばにおいてやってくれ、式殿」
周囲の勘違いに式は返す言葉もなかった。
傲慢な眼に見つめられて苛立ちは募る一方だ。
憎たらしくてどうにかしてやりたくて……。
ただ、その双眸の光が失われないでよかったと心の片隅でほんの少しだけ安堵した。
「我々の子が誕生してもおかしくない程に注いだが腹の具合はどうだ」
……前言撤回、刺す……。
普段冷静な式が怒りに身を任せて卓上のナイフを掴んだ矢先の事だった。
「魔類だぁぁぁぁぁああ!!」
誰かの悲鳴と共に窓ガラスの蹴破られる音が響いた。
食堂へ突っ込んできた魔類の群れが血に飢えた牙を覗かせて咆哮を上げる。
宿に泊まっていた客達は逃げ惑い、忽ち騒然となった。
上司は壁飾りとして掲げられていた西洋短剣を掴み、赤髪の男は常に懐に潜めている鋼糸仕込みの鞭をとり、彼の妹は太腿に差していた短刀を翳す。
椅子に深くもたれて寛いでいたはずの隹は卓を勢いよく蹴っ飛ばし、床に投げ出された食器が音を立ててけたたましく割れていく中、背中に差していた大太刀を速やかに抜いた。
「言いたい事は山程あるだろうが」と、式の背中に己の背中を重ね、最大の死角となる背後を彼に任せると愉しげに告げる。
「実は昨日の毒が多少残っていて何も見えない瞬間がたまにある」
「……いい気味だ」
「お前を庇ってやって喰らった毒だぞ」
「頼んでいない」
「今度はお前が俺を庇え。援護しろ。背中を守れ」
クソ、頭に来る……頼み方を知らない男め……。
魔類なんぞの牙にやられるより俺自ら止めを差してやる。
「後でちゃんと皆の誤解を解くんだぞ」
「誤解? 真実だろ?」
「ッ……黙れ、二頭、左右から来ているぞ!」
「見えている!」
背中合わせのまま振るった互いの刃は相手に襲い掛かろうとしていた魔類の喉元を見事切り裂いたのだった。
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