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You are my destiny/ハンター×神父

■Can you hear me? Are you near me? 俺の声が聞こえるか。 俺の近くにいるか。 なぁ、神父? 「生け贄が必要だ」 水晶色の目をした妖魔狩りのダンピルは怯える村人達を不敵な眼差しで見回し、そして指差した。 「あんたにしよう、神父」 深い森から吹く冷え冷えとした風にしなやかな体躯をなぶられる中、選ばれた神父は切れ長な双眸を見開かせる。 「神父様が」 「そんな、ひどい」 「何て事だ」 選ばれなかった村人達は悲痛な面持ちで口々に嘆いた。 が、誰一人代わりになろうと言い出す者はいない。 内心自分が選ばれなくて良かったと胸を撫で下ろしているのがダンピルの隹には一目瞭然だった。 神父は戸惑いの言葉さえ一言も述べずにこくりと頷いた。 夕暮れの日を浴びたセピア色の髪が一段と濃く輝いて、蝋と同じ色合いの肌はそれ以上に青ざめるでもない。 薄赤い唇はただ硬く結ばれていて。 指差された瞬間に見せた驚きや恐怖は凛とした顔つきからもう消え失せている。 黒装束の裾を翻させて神父の式は隹へ歩み寄ろうとした。 「俺と契約を交わせ、神父」 隹は無造作に式へ手を差し出すと、立ち止まった彼に鋭く笑いかけた。 「俺は妖魔を断つ。お前は俺に従え。いいな?」 大木の根元に縛りつけられた式は血塗れの姿で硬直していた。 血は全て妖魔のものだった。 生臭く滑ったそれは蝋の肌を、癖のない髪を、小刻みに震える唇を無惨に犯していた。 「派手な化粧になったな、神父」 反対に返り血を浴びていない隹がニヤリと笑う。 複数の妖魔を滅多斬りにしたソードには鮮血がべったりと付着し、深緑の茂みにどす黒い雫を大量に滴らせていたが。 真夜中、新鮮な血肉に飢えた、ここ数日の間に村の近辺で目撃されるようになった妖魔は、森の懐に縛られた式の元へすぐに現れた。 世にも卑しい姿をした異形共は長い舌で神父の味見をしようとし、頭上から放たれた小型の刃であっという間に舌尖を切断されてしまった。 それからの惨劇はものの見事に五分以内で終幕を遂げた。 「下級妖魔程グロテスクなものはないな。体中に男女の性器なんか生やしやがって、自己処理が大変だろうよ」 隹の笑えない冗談に式は相槌を打つ余裕など当然なかった。 噎せ返る臭気にとうとう耐えられなくなり、彼は、縛りつけられたまま気絶した。 気がつくと隹が泊まる安宿の床に式は寝転がされていた。 「具合はどうだ」 「あの、気分が悪いです、うぐ」 「ここで吐くなよ」 安いなりにも部屋には浴槽がついていた。 そこで血を落としてこいと指図され、式は覚束ない足取りで隅にある浴室へと向かった。 信じられない、あれが、妖魔狩りというものなのか。 一方的な殺戮を思い出した式は慌てて口元を覆う。 緩慢な手つきでもう二度と着れないだろう神父服を脱ぎ、あらかじめ湯の溜められていた浴槽に半身を浸からせた。 両手で顔を洗い、血で濁る湯船が視界に入り、式は眉根を寄せる。 ……とにかく村は救われた。 私も教会へ戻れる。 今は尊き命を奪われた隣村の方々のために祈ろう……。 「入浴中に神への祈りか。熱心だな」 突然声が聞こえ、目を瞑って祈りを捧げかけていた式は驚いた。 隹が仕切りのカーテンを捲ってすぐそばに立っていた。 逞しい筋肉を備えた見栄えのいい上半身を夜気に曝し、相変わらず不敵な眼差しでこちらを見下ろしていた。 「修道女より白いんだな、あんたは」 式は隹をおずおずと見上げた。 こんなに逞しい男は今まで目にした事がなかった。 農作業に勤しむ村人の体つきとはまるで違う。肉体自体が一つの武器であるかのような、頼もしい頑健さに満ち溢れていた。 超上級妖魔の血を引くというダンピル故に水晶の双眸には縦状の瞳孔が走っている。 精悍で、不敵で、白刃の如き鋭さを持つ半妖魔だった。 「あの、もう出ますから」 無意識にダンピルに見惚れていた自分を戒め、式は浴槽から出ようとした。 「足を広げろ」 中途半端な姿勢で式は凍りつく。 「え? あの? え?」 「そうすりゃあ二人で入れる」 「いえ、あの、その」 「早く開け」 凍りついたままの式に舌打ちし、隹は下に履いていた衣服を速やかに取り去った。 式は慌てて目を逸らす。 これ以上他者の裸に視線を奪われるわけにはいかなかった。 「ちょ、ちょっと待ってくださ……ッ」 隹は式の言葉を聞き流し、自分より遥かに華奢な両足を強引に押し開いて向かい側に腰を下ろした。 無様な格好をさせられて式は赤面する。 浴槽の縁に足首を引っ掛けた体勢にさせられ、湯の中で曖昧ではあるものの、全てが相手の視線に曝されているのだから。 「細い足だな」  隹に笑われて式は益々居たたまれなくなった。 「お、お一人でどうぞ入られてください」 哀れなまでに焦燥した式があたふたと脱出しようとする。 隹はそれを許さなかった。 「勝手な真似するなよ、神父」 細腕をむんずと掴み、引き寄せる。 ひ弱な式は背中から隹の胸板にぶつかり、かつてない動揺を味合わされる羽目となった。 力強い両腕が体に巻きついて裸の胸をじわりと圧迫する。 耳元に熱い吐息がかかり、途端に皮膚が総毛立った。 「ぁ……」 「なあ、神父。お前は俺と契約を交わしたよな?」 筋張った指が細い顎をぞんざいに持ち上げて背後へ傾けさせた。 「俺に従うと。神に誓った。そうだな?」 そんな脅迫的な台詞を楽しげに口にし、隹は、式の唇にこの上なく罪深いキスをした。 どうしてこんな事になってしまったのだろう。 何故、生まれ育った村を離れなければならないのだろう? この男に身を委ねなければならないのだろう!? 「契約は永遠だ、神父」 ()のダンピルはそう言い、何よりも甘い堕落の味を大胆に欲深に式に注ぎ込む。 不埒な罪で世界を鮮やかに彩るように。

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