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Vampire Lover/ハンター×ダンピル従者

■魔を狩る者の隹。 恐れを知らないハンターに渋々付き従うは、憂鬱な定めにある我が身を黒衣で隠す、吸血鬼と人の合いの子…………。 太陽の閉ざされた空は憂鬱で儚い希望を惜しみなく手折るような酷薄さを漂わせていた。 森の方から妙に血生臭い風が草木の鬱蒼と生い茂る野に吹き渡る。 そこは古代から生き続ける原生林が密生した深い森で、奥地は禁断の領域とされている神聖な場所でもあった。 森の麓には小さな村があった。 数少ない村人達は決め事で許されている範囲の森の恩恵を授かって慎ましい生活を営んでいた。 決して豊かではなかったが日々の糧に困る事はない、醜い争い事とは無縁な、平和な村だった。 しかしある日突然、異変は起こった。 夕暮れ時、森に薬草を採りにいった少女がいつまで経っても帰ってこない。 家の者は松明を点し踏み入る事の許されている界隈を探し回ったが、とうとう少女は見つからなかった。 次は、翌日少女を再び探しに出た家の者全員が村に戻らなくなった。 血生臭い風が森から吹くようになったのはその頃からである。 村の長は、少女が決め事を破り禁断の領域に踏み入ったために森の精霊の怒りを買い、罰として家族ごと命をとられたのだろうと不安に駆られる村人達に言い聞かせ、しばらく森に立ち入る事を禁止とした。 数日後、今度は、森の一番近くにある家の家畜が夜中に奪われた。 次の夜には二番目に近い家の末の子がいなくなった。 精霊の怒りは収まっていない。 村の者達は恐れ戦き、どうするか話し合った。 しかし容易に収拾がつくわけがなく、混乱の内にまたも村人が一人二人と消えていく。 恐怖は村を覆い森の恩恵が絶えたこれからどう生きればいいのかと、焦りや苛立ちが皆の心身を蝕みつつあった。 旅人が村を訪れたのは、そんな混乱の最中の事であった。 「どこか泊まれる所はないか」 月と同じ色の長い髪を束ねた男は村の長にそう尋ねた。 敏捷性に富んでいそうな、しなやかな筋肉質の体をした長身の男は水晶色の眼に鋭い光を宿しており、不敵な雰囲気を持していた。 旅人と自称する割には荷物も少なく、ロングジャケットを羽織った軽装である。 逃走した罪人を追うという賞金稼ぎに見て取れなくもなかった。 美しく壮大な森を見にやってくる人間は今まで大勢いた。 外部の人間にも礼儀を忘れない村人達はいつも歓迎していたが、今は危機的な状況で客をもてなす余裕などなく、しかも、その男は異様な連れを背後に従えており、訝しく思わざるをえなかった。 それは幅広の黒衣を頭から被った、性別も年齢もわからない極端に不審たるものだった。 村人の視線があまりにもそれに集中するので男は鋭い笑みを浮かべて彼等を見渡し、言った。 「これは俺の影みたいなものだ。別に悪さはしない。まぁ、気にするなと言っても無理か」 背中を曲げているのか、正確なかたちもわからない。 目に見えぬものに脅かされている村人達は威嚇するというより怯え、駆け足で自分達の家へと引っ込んでしまった。 村のほぼ中心で二人と向かい合っていた村の長と数人の若者は顔を見合わせた。 「今、村はかつてない恐怖と隣り合わせにあって、もてなす余裕がないのです」 村の長の言葉役である若者に言われて、男は扉が閉ざされた古めかしい家々を眺め回した。 「ああ、だろうな。確かに不穏な空気が立ち込めてる」 「……しかし、この辺りは夜になると尋常ならない冷気に満ちます。森の風が一段と強くなるので……ですから、不謹慎ではありますが、先日家人の者達が消え失せてしまった家をお使いください」 男は淡々と感謝の言葉を若者に述べた。 後ろの黒い塊は相変わらず黙ったままで身動き一つしないでいる。 日が傾き村は夕陽に覆われ始め、それの不気味さを際立たせたので、向かい合っていた村人は背筋を慄然と粟立たせた。 「……や、はり……申し訳ないが今夜はーー」 「次々と人が消えるんだろう」 その場にいた村人達は目を見開かせて硬直した。 男は不敵な鋭い笑みを浮かべたまま彼等に告げる。 「俺がこの不吉な風を断ち切ってやろうか」 隙間風のひどい簡素な家屋だった。 蝋燭の朧な明かりを横顔に受けた隹は手入れを済ませた得物をジャケットの内側に潜め、立ち上がった。 「あの森にいるんだろう?」 すぐそばで蹲っていた彼は隹の問いかけに微かに頷いた。 日中被り続けていた黒衣を足元に脱ぎ捨て、それでも青白い肌に黒ずくめの衣服を身に纏った男は、支えを失って力なく床に横になった。 「……いる……複数……」 そう言い終えた途端、弱々しげに咳き込む。 屈んだ隹は冴え冴えと整った顔が苦しそうにしているのを間近に見下ろし、れっきとした嘲笑を口元に刻んだ。 「そういや、しばらく飯にありつけてなかったか。ひもじいんだろ」 「……うるさい」

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