134 / 198

Bad Eden-2

大人にからかわれてムキになるなんて俺の方こそ小さなこどもみたいだった。 ものすごく失礼なことを言ってしまったし。 でも、あの隹って男が、すごく、何だか……腹が立つというか……胸の底を掻き回されたみたいな……体の芯がグラグラして……。 小学校低学年の頃から様々な書物に触れ、成績優秀でもある式は、次から次に込み上げてくる曖昧な気持ちを把握しきれずに一人眉根を寄せた。 こんな感情初めてだ。 ある意味、これも新しい世界の一つなのかもしれない……。 「なぁ、君、一人?」 真正面にずらりと並ぶ色とりどりの酒瓶の一つを意味もなく直視していた式は、目線を切り替え、隣に腰かけた男をきょとんと見上げた。 「何考えてるのよ! ひどすぎる! 私と式の貴重な十代タイムが心無い言葉でロスしちゃったじゃない!」 勇ましく戻ってくるなり責め立ててきたセラに隹は肩を竦めてみせた。 「式があんなこと言うなんて、あんな怒るなんて初めてなんだから、ああもう、せっかく楽しませてあげたかったのに」 「セラ、彼とは恋人同士なのか」 「違うわよ、昨夜言ったのに、兄さん、何も聞いてないんだから!」 怒りの矛先が自分に回ってきて繭亡は苦笑した。 「お似合いだと思うよ、セラ」 「どこが? どういう根拠で? 何を見てどう感じてそう思ったの兄さん?」 「えっと、そうだな、うん、えーと、なぁ、隹?」 妹に真顔で詰問されてややたじろいだ繭亡は隹に同意を求め、見事なまでに明後日の方向を向いていた彼に苦笑を重ねた。 「隹、せめて妹の愚痴を一緒に聞いてくれ」 「ひどい、兄さん、愚痴扱いするなんて」 「盛られたな、あいつ」 繭亡とセラは兄妹揃って目を丸くする。 氷を音立たせてウィスキーを飲み干すと、空になったグラスを片手に携え、青水晶の眼を不敵に尖らせた隹は立ち上がった。 「俺の客に手を出すな」 急激に増した肌身の熱。 オレンジジュースを何口か飲んだ程度で、不慣れなカオス空間に我知らず興奮しているのかと、そう思っていた。 尋常じゃない発熱に徐々に困惑していった式はぼんやり見つめた。 隣に座った、やたら親しげに話しかけてくる若い男と自分の間に荒々しく空のグラスを下ろし、割り込んできた隹に視線を奪われた。 「相手の酒に巧みにクスリを盛って無許可テイクアウトに精出してる屑野郎常習犯。何件もの店のブラックリストに載ってる」 巧みに……クスリ……テイクアウト……? 理解が追い付かない式の隣で隹は狼狽える男の胸倉を掴み、立ち上がらせ、カウンターの内側で硬直していたバーテンの方へ顔を突き出させた。 「新人、この間抜けヅラ記憶しておけ、一滴たりともウチの酒を呑ませるな」 「わ、わかりました、オーナー」 父親が繁華街一等地に建つこのビルを所有しており、二十八歳にしてナイトクラブのオーナーを務める隹は、揉め事を聞きつけて速やかにやってきたスタッフに間抜けヅラ屑野郎の処理を任せた。 数人の客がチラ見した程度、ほとんどの人間は無関心を突き通してそれぞれの夜に思い思いに耽っていた。 「式!!」 セラはいつの間にカウンターに突っ伏していた同級生の元へ、後を追って繭亡も駆け寄った。 セラの手が届くよりも隹の方が早かった。 まるで熱病に罹った病人のように息が荒い、全身を火照らせてぐったりしている式を軽々と抱き上げた。 「え!!は!?」 「隹、彼をどこへ」 「二階だ」 「二階!? はあ!? なんでよ!!」 「お前はどうするつもりだ、セラ、病院でも連れて行く気か」 「う」 「未成年のコイツがクラブでクスリを盛られたって説明して親を呼ぶか、病院から警察に連絡が行くだろうな、いずれネットにも学校にも知れ渡る」 「でも、式、苦しそう」 「俺が何とかしてやる。感謝しろ」 「は!!!???」 隹はフンと一笑して二階のVIPルームへ、セラは後を追おうとしたが、兄に諌められて止む無く立ち止まった。 「連れてこなきゃよかった」 シュンと項垂れた妹の頭を撫でてやり、繭亡は、階段を上っていく幼馴染みの背中を視界の端で見送った。 あいつは屑野郎とやらに早くから気づいていた。 視線はずっとカウンターを向いていた。 無許可テイクアウト、か、人のことは言えないんじゃないのか? 確信犯め。

ともだちにシェアしよう!