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Bad Eden-5

傲慢な唇が柔な唇を平らげる勢いで捕食する。 堅牢な鉄格子ならぬ高精度の遮光カーテンで西日を食い止めた広いワンルーム。 快適なはずのダブルベッド上で紡がれる微かな悲鳴。 シーツに力任せに縫い止められた両手の華奢な五指が虚しく空を引っ掻く。 そこはコンクリートと緑の調和がバランスよくとれた閑静な通りに建つデザイナーズマンションの一室だった。 学校付近のパーキングに駐車していた、艶めくボディに走るラインが特徴的なドイツ産の愛車で隹は式を自宅へ連れてきた。 連れてくるなり問答無用にベッドへ運んだ。 自分を貶めた理由を知りたく、渋々やってきた青少年を強引に押し倒し、まずは非難を繰り返す唇を犯した。 手加減しなかった。 噛みついてこようとした式の下唇を逆に甘噛みし、怯んだ隙に舌を捕らえ、狡猾な蛇さながらに絡めとった。 吐息まで貪る勢いで、荒々しげに角度を変え、喉の奥まで。 細身の肢体による抵抗は真上から体重をかけて黙らせて。 容易く折れそうな両手首を握り締め、自由を奪い、欲望のままに。 隹は高校生である式相手に長く深いキスを。 手首から移動し、成熟した舌と同様、華奢な五指に指をしっかり絡ませて手と手を重ね合った。 「……信じられない……」 気が済むまで一頻り堪能し、ようやく解放してやれば、上下ともびっしょり濡れた唇はやはり隹を非難した。 「そうだな、俺は年齢相応の礼儀を身につけていない、威張りくさった、幼稚な人間だからな」 スーツを身につけたままの隹に一週間前の自分の言葉をなぞられて式は一瞬だけ口を噤んだ。 「……油のノリが悪い貧相な人間相手に、こんなことして、楽しいのか」 「お前も根に持ってたか」 至近距離から不敵な笑みを翳されて、式は、精一杯顔を逸らした。 「俺のこと貶めて何が面白いのか、さっぱり、わからない」 未だ柔らかな両手を捕らえている隹は全ての制服を着用したままでいる青少年を見下ろした。 瑞々しい頬は上気して耳朶や首筋まで薄赤く染まっていた。 覚束ない視線は青水晶から逃げたがって行き場に迷っている。 切れ長な目はやはり黒輝石の煌めきを帯びて隹をひどく煽った。 『……隹……』 あのとき、呼ばれて、見つめられて、思った。 この体に一から熱を植えつけてやりたいと。 邪道な媚薬なんざ願い下げだ。 不純物なしの上物の快楽を与えたい。 迷いも失せるくらいの恍惚に喘がせたい。 「また何か……俺に……飲ませた……」 隹は笑った。 「熱いのか、式」 そっぽを向いたままでいた式の顎を掴んで視線の交わりを強要する。 「先週の夜と同じくらい火照るか」 散々蹂躙されて多感になった唇をゆっくりなぞられて式はついぎゅっと目を瞑った。 「何だ、またキスしてほしいのか」 「ッ、違う、もうしたくない、もう帰る」 「俺を屑野郎と一緒にするなよ、式、俺の下半身は媚薬に頼るほど落ちぶれてない」 「……離せ」 さらに力を込めて顎を固定され、振り解けない式は、伏し目がちになって隹を批判する。 「飲ませた人間も、見て見ぬフリした人間も……どっちも一緒だ」 「それは悪かった、謝る」 「……」 「奴の手口は知ってる。使用されるブツはアングラの店ならお前でも購入できる、成分はギリで合法、軽度の副作用で済む。バッドトリップするほどの代物じゃない」 伏し目がちだった式は平然とほざいた隹を悔しげに一瞥した。 「重度の副作用があるブツなら止めてたさ」 「……副作用なら、あった」 「へぇ。どんな症状だ」 「……あれからずっと続いてる」 自分を捕らえて離さない青水晶に心臓を震わせ、切れ長な双眸から涙を氾濫させて、正直に告げた。 「隹のことが頭から離れなくて、ずっと、苦しい」

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