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DARK BLUE/愛した男×愛された男
■ああ、嫌だ、頼むから式 を殺さないでくれ、運命よ。
■残酷描写、触手、メリバ注意
隹は<コクーン>を守る<ゲート>の門番であった。
荒廃の道を辿る地上において、貴重な資源のある場所、それを拠点として栄えた都市が<コクーン>。
人々は願ってもいないオアシスに寄せ集まり、定められた階級毎に生活し、その周囲は堅牢なる壁によって守られている。
数少ない都市を行き来する商人や、物資取引交渉のため訪れる他所の権力者達を迎えるのは壁に点在する<ゲート>。
以前は荒地を渡り歩く商人の護衛をしていた隹だが、都市の中央で真っ当な職に就く知り合いの紹介もあって、門番となった。
<コクーン>を何から守るのか。
それは辺境の民。
異なる地からやってきた、人とは異なる生物。
名もなき彼らは<穢れ><害虫><外来種>などと呼ばれ、忌み嫌われていた。
ゲートを離れ、電気二輪車のオートバイで都市の周辺を警邏中、旧市街の残骸である遺跡の中で隹は彼を見つけた。
彼は比較的人間に近い体つきをしていた。
とは言っても身長は三メートル強、全身は硬い鱗に覆われ、頭部のみは蛇に似、黒々とした円らな目が四つ並んでいたが。
そして人間の腕に該当するものが胴体に見当たらなかった。
ソードを携帯している隹はとりあえず抜刀し、薄暗がりの隅にいる彼に言う。
「ここは<コクーン>の領域だ。今すぐ立ち去らないとお前を処刑する」
辺境の民によっては不可思議な能力を持つ個体がいたりする。
念力、催眠術とでも言うのか。
とにかくその怪しげな力で人間を言いように操ったりする。
よって門番全員が操作されないように特殊なコンタクトレンズをはめている。
一人、例外がいるが……。
「……ゴメン……」
彼は素直に謝り、鱗だらけの巨体をのっそりと動かし、太く長い足でゆっくりと隹の視界を去っていった。
だが翌日もその次の日も彼はそこにいた。
この場合、門番は鉄則として処刑を執行しなければならない。
細かな文字でびっしり書かれた規則条項など一行すらまともに読んでいない隹は、月と同じ色をした短い髪をかき上げ、青水晶の鋭い眼に苦笑を滲ませた。
「ここがそんなに気に入ったか」
「……ウン……」
「どうしてだ?」
「シズカ……カゼ……コナイ……クライ……スキ……」
聞き取りづらい濁音の声だが内容は理解できる。
意味不明な言語を耳障りな金切り声で叫んだり、軟体で這い回るヒトデ状の姿形をしていたり、汚物を吐き出したり……辺境の民は多種多様だ。
彼の出で立ちも奇抜なものではあるが、会話が成立し、大人しく、不快感や嫌悪を抱く対象とまではいかない。
黒々とした円らな眼自体は、四つであるのを除けば、無垢なる瞳に見えなくもない。
商人の護衛として荒地を回っていた間、隹は様々な辺境の民と遭遇し、凶悪なものは打ち倒し、穏和なものはやり過ごしてきた。
これまでの経験上、彼は人間に害をなさない部類と判別できる。
放っておくか。
別の門番に見つかったら処刑されるかもしれないが。
奴がここにいたいと言っているのだから、それで殺されても、仕方ないだろう。
「隹、またさぼっていたでしょ」
持ち場のゲートに戻ると同僚のセラが口を尖らせて言ってきた。
「別にさぼっていない、見回りだ」
「どうかしら。遺跡で昼寝でもしていたんじゃないの?」
時に好戦的な民との戦闘を強いられるが故に精鋭が集う門番の中で紅一点であるセラの言葉に、彼女の隣にいた男は、そっと笑う。
「確かに隹なら<コクーン>の外でも昏々と眠っていられそうだな」
男の名は式といった。
夕陽に映えるセピア色の髪、切れ長な双眸、しなやかな体にレザーミリタリーの門番服が似合う、誰にでも分け隔てない真摯なる男だった。
彼は唯一コンタクトレンズを不要とする門番でもある。
生まれ持った体質とかで辺境の民が繰り出す怪しげな力を撥ね退けるという。
「何だ、それは。皮肉か?」
「それだけの余裕が持てる実力者だと褒めているつもりなんだが」
「上から目線のお褒めの言葉、有難く受け取っておこう」
「何よ、隹。式に噛みつかないでよ」
「女房気取りは<コクーン>内だけでやってくれ。任務に障るし、うざい」
「何よ!!」
何かと式に楯突く隹と、傍目にも明らかな愛情を式に堂々と向けるセラ。
二人の遣り取りを前にして微苦笑するしかない式。
彼らが守る<ゲート>で毎回繰り返される光景であった。
大地は朽ちてひび割れ、草木の緑は死に果て、枯れた植物が地平線の彼方で手招くように夕刻の風に細い枝を震わせる。
セラは腕時計を覗き込んで不安げに呟く。
「もう指定の時刻を大分回ったわ」
「だから何だ。そんなの俺はしょっちゅうだ」
「自分とあの人を一緒にしないでよ。式は必ず時間通りに戻るじゃない。それが三十分も過ぎるなんて……」
何かあったんだわ。
セラが零した独り言を隹は笑い飛ばすような真似には至らなかった。
警邏に出た式がなかなか戻ってこない。
もうじき太陽が沈む。
大地には闇が訪れる。
夜間の単独行為は原則として禁じられている。
規則に忠実で時間厳守の式が確かに起こすはずのない事態だった。
「私、探しにーー」
「俺が行く」
隹はゴーグルを装着してオートバイに跨り、電力をオンにして起動させ、セラと他の門番数名に言い放つ。
「一時間、待て。それでも戻らなかったら上に報告しろ」
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