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DARK BLUE-2
まさかな。
あいつはなかなか強い。
奴らの妙な力には免疫があるようだし、剣裁きも、俺には劣るが、まぁ悪くなかった。
あいつに限って……。
その先を考えるのが隹は怖かった。
速度を上げ、瞬く間に過ぎ行く殺伐とした景色に神経を張り巡らせながら、心身を蝕む恐怖に思わず失笑する。
こんな感覚は久し振りだ。
自分の身を組み立てる部品の一つが欠けていくような喪失感に慄くのは。
そうか、俺は、あいつのことが。
夕陽に隈なく満たされた荒涼たる大地に式の姿も辺境の民も見当たらず、隹は、そこに辿り着いた。
衰退して滅んだ旧市街の遺跡へと。
見慣れたオートバイが入り口付近に横付けされてあった。
隹は隣に自分も停めてゴーグルを外し、倒れ掛かった円柱、倒れた円柱を避けて奥へと進んでいく。
崩れた壁面に沿って奥へ。
腰元のホルダーからソードを抜いて警戒を怠らずに。
かろうじて四面の壁を残し、外からは死角となる薄暗がりへと、息を潜めて。
彼のいた場所へと。
「……」
声が聞こえる。
彼の声ではない。
人間のものだ、恐らく、式の。
まさかあいつが式を。
壁面に背中をつけた隹は青水晶の眼を一端閉じると、深呼吸し、我が身に冷静さを取り戻した。
忙しげに脈打つ鼓動を静める。
我を忘れたら負ける。
たとえどんな場面が待ち構えていようと暴走するな。
それがどれだけ無情な血塗れの光景だろうと状況を見据え、見極め、的確に敵に止めを刺せ。
そして隹は僅かに足をずらして壁面の裏から薄暗がりの中心へと視線を走らせる……。
彼はいた。
式も、いた。
上体を壁に預けて長い足を伸ばした巨体の上に、全身の肌を曝し、苦悶の表情を浮かべた式が。
しなやかな裸体には歪な模様を浮かべる半透明の長い触手が複数絡みついていた。
「う……ぁ……」
両腕は頭上高くに縛り上げられ、両足は左右に大きく開かされている。
一本一本がそれぞれ意志あるもののように蠢き、胸や腹、背中、内腿、股座をいとおしげに撫でている。
首と腰元と性器には何周にも巻きついている。
それらの触手は全て彼の肩の付け根の両サイドから生えていた。
まるで腕の代わりに複数の触手を生やしているような。
そして、彼は、股の間から透明な細長い管をも無数に生やしていた。
無理矢理曝された式の後孔にその殆どが深く埋まっているようだ。
「……隹……」
おぞましい光景を目の当たりにした隹は己に突きつけた忠告も忘れて束の間棒立ちとなっていた。
凍りつく隹に気づいた式は震える声を振り絞る。
「頼む……見ないで……くれ……」
「式」
「お願いだ……見るな……」
苦しげに声を紡いでいた式の唇にまで触手が伝わり、四本、口腔にずぶりと侵入した。
それを見た瞬間、隹は、我を忘れた。
燃えるような激情に突き動かされるままソードを振り上げて触手を断ち切ろうとする。
しかし、あの愚鈍な生物にしか見えなかった彼は、驚くほどのスピードで鉄の鱗に覆われた触手を闖入者に放った。
凶暴的な触手はソードを折り、隹を壁に叩きつけ、即座に両腕毎上体に巻きついて自由を奪った。
隹は思い切り後頭部を壁にぶつけ、一瞬眩暈に意識を失いかけたが、式の声にならない悲鳴を聞いて顔を上げた。
「コレ……キレイ……」
彼は濁音の声で意味ある言葉を吐き出す。
ずぶずぶと、さらに管を式の体内に突っ込んで、腸内を掻き回す。
「コレ……ホシイ……」
喉奥にまで伝った触手が胃の内容物まで攫う。
「コレ……ナツカシイ……」
粘液に滑る触手で素肌の隅々まで愛撫を施す。
次の言葉を耳にした隹は目を見開かせた。
「コドモ……ウマセタイ……」
ふざけるなふざけるなふざけるな。
化け物化け物化け物。
畜生畜生、俺が殺していればよかった!!!!!!!
どんなに力を入れても鉄の触手はびくともしない。
壁際で隹を拘束して傍観を強制している。
強張る視線の先で彼はぎこちなく、ゆっくりと、立ち上がった。
同時に触手で式を虚空へと持ち上げる。
凄まじく嫌な予感がした。
恐ろしい予感が。
どうする、どうしたらいい、どうすれば式をあのクソ汚い化け物から助けられる。
「……っ」
やっと、隹は状況を把握しようと周囲に視線を巡らせた。
地面には切り裂かれた式の服とソードが落ちている。
自分の足元には割られたソードの切っ先が落ちている。
その時、
またも式の声にならぬ悲鳴がし、
視線を向けると、
彼の股から伸びた透明な管がより一層不快な蠢きを見せ始めており、
触手に縛り上げられた愛する者は切れ長な目を剥いて絶望を目の当たりにしており……。
隹は足元の刃を蹴り上げた。
式の命を奪いかねない選択肢であった。
だが、もう、その道しか残されていなかった。
刃は彼の腹部に突き刺さった。
式と隹に巻きついていた触手が一気に力を弱め、解ける。
隹は落ちていた式のソードを手にして彼目掛け地を蹴った。
所在なさそうに浮つく触手を掻い潜って。
支えを失い落下した式を飛び越えて。
四つの無垢なる瞳を持つ蛇の頭部を刹那にして切断した。
放たれた断末魔はまるで赤子の産声のようだった。
すぐさま断ち切った透明な管からは見るもおぞましい粘液が飛び散った……。
「……式」
「大丈夫……だ、すまない」
「謝るな」
「……ありがとう、隹……」
「……もう何も言うな、式」
自分が羽織っていたジャケットを裸身の肩にかけ、隹は、惨劇の跡を鮮明に残す式の肌を隠した。
式は震えていた。
彼の死骸を背後にして地べたに座り込み、薄暗い表情を浮かべ、どこか一点を見つめていた。
「式」
「なぁ、隹……」
もしもあのままあれが続いていたら俺は孕んでいたのかな。
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