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DARK BLUE-3

「式、最近顔色が悪いわ」 セラの声が聞こえて隹は肩越しに背後を顧みた。 「休暇をもらったら? ずっと働き詰めでしょ」 「ああ……そうだな、久し振りに体を休めるのもいいかもしれない」 切れ長な双眸に隠しようのない翳りを宿した式はセラの提案に浅く頷いた。 普段のあいつなら休暇などもっての外、どれだけ疲れていようと律儀に任務をこなしていただろう。 疲れているわけではない。 あの出来事が尾を引いているのだ。 『お願いだ……見るな……』 あれから約一週間が経過したが、尾を引いている証拠に、式は隹と目を合わせようとしない。 当然だろう。 辺境の民に犯されているところを目撃した相手と普通に話ができるはずもない。 お前がそうしたいのなら、そうしよう、式。 俺と距離をおきたいのなら俺はお前から離れよう。 そうして隹は<ゲート>の門番を退いた。 下流階級がひしめき合う集落のアパートメントに隹は住んでいる。 隹ほどの腕があれば上流階級に位置する富裕層の護衛に就くことも可能だ。 仕立てのいいスーツを着て車の運転をこなし、周囲に何となく気を配っていればいい、単純な業務内容だった。 現に、以前仕事を紹介してくれた知り合いは彼が門番を退いたと知るや否や、割りのいい新たな仕事口を紹介してくれた。 隹はそれらを全て断った。 今度、この<コクーン>に商人が来れば、そいつに売り込もうと思っていた。 富裕層も権力者達も虫が好かないというか、合わないのだ、自分の性格に。 別の<コクーン>に移り住むのもいいかもしれない。 記憶に根深く巣食う、毒の強過ぎるあの光景を忘れるためにも……。 所狭しと軒を連ねる粗末な屋台でジャンクフードを買い、紙袋を小脇に抱えた隹は細い路地を縦横無尽に練り歩き、小汚い外観のアパートメントへと帰宅した。 罵声や奇声がどこからともなく聞こえてくる通路の片隅に一人の男が蹲っていた。 隹は彼が顔を上げなくとも誰であるのかが瞬時にわかり、急ぐ。 「式」 彼は伏せていた顔をゆっくりと上げた。 「……隹」 最高に顔色が悪い。 青ざめた唇が掠れた声で呼号する。 「隹……助けてくれ」 死にそうなんだ。 痛くて痛くて、頭も割れそうに痛くて、狂いそうだ。 涙を流して助けを求めてきた式を隹は部屋へ連れていき、とりあえず簡素なベッドへ横たわらせた。 式は腹部を押さえていた。 「一体、いつからだ」 「昨日から……お前が<ゲート>を去って……それから……ああっ」 体を折り曲げた式が苦しげに呻吟する。 「あの日から……悪い夢ばかり見て、つらくて……でも、こんなにひどい痛みは……っ」 あの辺境の民に毒でも仕込まれたか、たちの悪い蟲に寄生されたか。 「病院に行くぞ」 「……」 「恥じてる暇なんてない、死ぬよりマシだろ」 隹は到底立てそうにない式を抱き上げようとした。 その時、不意にぶわりと背筋を駆け抜けた悪寒。 腹の痛み。 あの時、あの民は何と言った? 子供を産ませたいとか言ってなかったか? そんな馬鹿な。 「!」 隹の目の前で式は吐血した。 鮮やかな血液を喉から逆流させ、激しく咳き込み、途端に口元を真っ赤に濡らす。 すぐそばにいた隹にまで血飛沫が飛んだ。

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