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DARK BLUE-4

「式!」 式は立て続けに血を吐いてシーツにまで鮮血を迸らせた。 体を折り曲げてもがく余りベッドから落ちてしまう。 隹は式を抱き起こした。 頭が真っ白になる中、哀れなまでに痙攣する体を強く抱き締め、溢れ続ける血など一切構わずに口づけた。 「式、愛してる」 「ぁ……隹……助け……て」 「頼むから死ぬな、死なないでくれ、お願いだ」 「いた……い……」 「式……」 服越しに腹を押さえる式の手の隙間からも血が。 ああ、嫌だ、頼むから彼を殺さないでくれ、運命よ。 「ギギギッ」 式の腹から鼓膜を不快に震わせる歪な声が聞こえてきた。 血肉を断つような鈍い音と共に。 みるみると手の隙間から夥しい血が溢れ出して痙攣がひどくなる。 真っ赤に染まった式は血と涙を切れ長な双眸に溜めて隹を見た。 「隹……俺も……貴方を……」 台詞は最後まで続かなかった。 式の腹を食い破ってそれは現れた。 鱗に包まれた、小さな、四つの眼を持つ生物。 隹の視線の先で産声を上げてこの世に生れ落ちた世にもおぞましい肉塊。 辺境の民の幼虫であった。 隹は普段護身用として差しているダガーを握り締めてその肉塊目掛け刃先を振り下ろす。 「あぁぁぁぁあ!」 悲鳴を上げたのは、事切れたと思った、血塗れの式であった。 貫通し、床にまで突き刺さっていた短剣を一息に抜くと、式はそれを狂ったように抱き締めた。 「ああ……可哀想に……」 彼の出血はいつの間にか止まり、内側から食い破られた傷口も跡形なく塞がっていた。 式と肉塊の血を浴びた、彼と同様に全身を赤く濡らした隹は、声もなく見つめていた。 事切れたそれを抱き締めて泣き喚く式を。 狂ってしまった最愛なる人を。 波が打ち寄せる。 何もない荒れ果てた大地に静かに、延々と。 水平線は非常に曖昧で、まるで、空と海が一つに繋がっているかのような錯覚を受ける。 どれだけ荒廃が進もうと海はそこにあった。 海洋生物は全て絶滅し、命を育むことを放棄した海は、ただ繰り返し波を打ち寄せるだけだった。 波打ち際に座り込んだ式は腕の中にいとし子を抱いて波音を旋律にし、子守唄を囁く。 隹は彼のすぐそばで佇んでいた。 腕の中のいとし子は二度目に生れ落ちたものだ。 四つの眼を不揃いに瞬かせて式に大人しく抱かれていた。 『コレ……ナツカシイ……』 時折、隹の頭の中を駆け巡るのはあの辺境の民が口にした言葉だった。 式が懐かしい。 どうして懐かしい? どうして彼は彼を求めた? 式はどうして辺境の民が持つ力に免疫があった? もしかすると彼らはーー。 「隹」 思考を止めて視線を下ろす。 色褪せた日差しを浴びて美しく微笑む式がそこにいた。 そう。 彼はここにいる。 前の式は壊れてしまったが、今、新しい彼が俺のそばにいる。 それだけで俺は満たされる。 人でひしめく<コクーン>を離れ、誰もいない辺境の海辺で、いつまでも彼と共にいられる。 死が二人を別つまでこの運命と共に。 愛している、式。

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