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Cage-3

先走りに濡れた指を上に移動させて、俺は、白い肌の上にぽつりと滲む薄赤い突起に触ってみた。 「ッ」 過敏に奴が反応する。 指の腹で圧迫しつつ捏ね繰り回すと、女の嬌声にも似た声をこぼし、持ち上げられている方の片足を痙攣させた。 「いいんだな?」 返事こそなかったが、弄くれば弄くる程、先走りが溢れ出てくる。 体が素直に答えていた。 「なぁ、自分でやってみろよ」 奴はうっすらと目を開く。 だが、恐らく初めて己の中に雄の象徴を迎え、初めて覚える快楽と痛みの波に耐えるので精一杯で、俺の皮膚にただ爪を立てるばかりだった。 俺は勃起した奴のモノを再び五指で抱擁し、親指で先端の辺りをぞんざいに刺激した。 先走りの滑りの中心に摩擦を加え、強弱をつけて扱き、同時に揺さぶりをかけてリズミカルに突き上げる。 腕の中で式が上り詰めていくのを痛感しながら極みを目指した。 「あ、ぁ……ッ、ん……隹……ッ……」 実際、その夜は何度も達した。 だけれども、あの幻の絶頂にはどれも届かないような気がした。 式は下らないと言うが、俺はどうしても悔やまれて仕方がなく、恋焦がれるのだ。 あのまま、無理矢理、先へと続けていれば……。 「……任務中だぞ」 「だから何だ」 辛辣に咎める眼差しを睨み返して、俺は奴の両手首を掴んで壁に押しつけ、今度は先程よりも強引に暴力的に唇を犯した。 「う、ッ……!」 当然、全力で抗ってきた。 同じ訓練を積んだ同期生だから奴の力も相当なものだ。 だが体格の方は俺が勝っている。 それを武器にし、渾身の力を込めて奴を壁に縫いつけた。 標本作製のため色鮮やかな蝶にピンを打つ際の、あの残酷そうな手応えも、こんな感じなのだろうか。 「……はぁ、ッ……」 口腔を一心不乱に掻き乱し、掻き乱されて、俺と奴の息が上擦る。 抵抗してくる力は弱まり、比例して、ちっぽけな理性が意識の果てへ遠退いていく。 そんなもの元から持ち得ていなかったのかもしれないが。 「……隹……」 唇を離すと唾液が糸を引いた。 俺はそれを無視し、骨を折らんばかりの力で両手首を未だ捕らえたまま、膝頭で奴の股座を圧した。 「!」 「俺もお前も勃ってる、式」 放心しかかっていた奴は目を見開いた。 身を引こうにも、すぐ後ろが壁なので俺の膝から逃れる術はない。 「お前、何を……」 執拗に擦り上げられ、奴は眉間に切なげに皺を寄せ、問いかけてきた。 青白い頬に飛んでいた犠牲者の血を舐め取って俺は同胞の加害者に笑いかけた。 「お前もその気になっただろ」 式は肩で息をしていた。 俺は奴の両手首を自由にしてやる。 くっきりと跡が残っているのを目にして、自分の加減のなさに失笑した。 奴も笑った。 俺を嘲笑っているのか、自嘲の笑みなのかは、わからない。 そして、俺の頭に両腕を回し、唇を……。 俺の下にいた式が仰け反り、濁った白濁を飛散させた。 「く……ッ」 奴の極みに伴い、急に強まった締めつけに俺の性器も反応して、そこで果てる。 「はぁ……ッ、あ……」 油断していた際の到達で、また歯痒く、しかし今はあまり何も考えたくなく、俺は仰け反ったまま強張っている奴の上にどさりと覆い被さった。 部屋の中に満ちた白々しい静寂にしばらく身を委ねる。 息切れが治まり、呼吸が落ち着いてきた頃、奴の心臓の動きを皮膚で噛み締めていた俺はあからさまな舌打ちを耳にした。 妄想に気をとられていた俺を咎めるための振舞だろう。 多々ある事なので詫びるのも面倒だし癪だから、もう、何も言わないでおいた。 「本当……下らない」と、俺の下で奴が呟いた。 「二度と戻らない過去に執着すること程、愚かなものはない」 ついさっきまであれだけ善がっていたくせに至極真っ当な台詞を吐く。 俺は低く笑い、肘を突いて、奴の顔を間近に見下ろした。 「一つくらいあったっていいだろ。下らないし愚かで馬鹿馬鹿しいが、消去できない、後悔の極致と言ってもいい未練が」 「……」 「優等生のお前にはわからないかもな」 埋めていたモノを引き抜くと式は微かなため息をついた。 まだ夜は長い。 これで終わらせるつもりはない。 明日も過酷な殺しのオーダーが待っている。 今はただ共有とも言えるこの交戦を心行くまでこいつと味わいたい。 唯一、この狂気にも似た欲望を解放できる式と。 「……お前って奴は……」 式が俺を嘲笑う。 整った輪郭の指先で俺のモノを撫でながら、次の快楽へ一歩詰め寄って、挑発してくる。 俺は過去への後悔と明日に必要な殺意を抱え込んで、今、俺の真下にいる奴にそれら全てを綯い交ぜにして叩きつける。 止めを差し合うように求め合いながら。

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