146 / 198

Falling/敵幹部×捕虜/3P

■堕ちていく。 お前を奪えるのなら、どこまでも。 頭上で繋がれた手錠のおかげで式は膝を折る事もできずに項垂れて苦痛に耐えていた。 「暴力には泣き言を洩らさない、か」 それまで共に彼を痛めつけていた部下達を部屋の外へと追い出し、一人残った男は、唇を噛む式の背後に立つ。 ミリタリージャケットを長身の雄々しい体に羽織り、月と同じ色の髪をきつく縛った部隊長である男、隹少佐は水晶色の鋭い眼を意味深に細めた。 「それがお前の言う気高い精神というやつなのか? なぁ、式……」 隹は慈悲の欠片もない冷酷な目つきで式の髪を鷲掴みにすると、無理矢理顔を上げさせた。 「ッ……」 「お前がそれをかなぐり捨てて無様に媚び諂う姿を見てみたいものだな」 式はギクリとした。 耳朶を嬲られる感覚。 振り解くために顔を背けたが、すぐに顎を掴まれて元の位置に戻された。 「やめろ、貴様……ふざけてるのか」 錆びついた配水管に吊り下げられた手錠が耳障りな音を立てる。 隹は湿らせた舌先で式の耳朶を舐め上げ、笑いながら言った。 「この手の暴力には不慣れか? まぁ、序の口だがな。しかしその顔で処女なのか。お前の組織には奥手な奴しかいないんだな」 侮辱を受けて式は言い返そうとした。 が、肌蹴たシャツの裏側に筋張った手が入り込んできたので、驚愕した。 「俺が女にしてやろうか、式」 「クソ、やめろ、隹……!」 その時、閉ざされていた曇りガラスの扉が何の前触れもなく開かれた。 「……ああ、繭亡」と、背後で隹が呟くのを聞いて、式は突然訪れた男の姿を霞んだ視界にかろうじて捉えた。 普段整然と着込んでいる軍服の上着を脱ぎ、白い襟シャツを身に纏った彼は凛々しい聡明な片目を細めてこちらを眺めていた。 「隹少佐、また捕虜を無意味に折檻した上、今度は恥辱にでも遭わせるつもりか」 隹と同じ階級に位置する、片目に傷を負う繭亡は善からぬ状況に全く動じていない素振りで同胞に問う。 隹の方も、式から離れるどころか、血の香るしなやかな体を後ろから羽交い絞めにし、精悍な顔立ちに嘲笑を湛えて答えた。 「我々の折檻にあまりにも平然と耐えるものだから、不感症なのかどうか確かめたくてな。それにコイツは妙にそそる。お前も感じないか、繭亡?」 身を捩っても手錠に繋がれているし、手負いの身だ。 隹を突き放すのは今の式には至難の技に値する。 ここは不本意ながらも繭亡に助けを求めるしかなかった。 「やめさせてくれ、繭亡……」 今までの礼節を重んじた物腰や態度を観察していて、彼は話のわかる男だと式は認識していた。 だから明らかに非常識的な捕虜への虐待を決して許すはずがないと踏んだ。 深靴を鳴らし、組紐に結われた赤髪を翻させて繭亡はかつてシャワー室として使われていた部屋の中へ入ってきた 後ろ手で閉めた扉に鍵をかけて。 「繭亡……」 慄然となる式の背後で隹が笑う。 繭亡は表情も変えずに緩やかな足取りで二人の正面に行き着いた。 「確かに興味はあるな」 「……」 「普段は禁欲的なお前がどのようにして喘ぐのか」 その台詞に多大なる衝撃を受けて式は言葉を失う。 その隙を見逃さずに、繭亡は、血のこびりついた唇に深く口づけた。 「!!」 式は直ちに我に返った。 しかし、それでどうにかなるわけでもない。 隹に羽交い絞めにされ、信用しかかっていた繭亡には裏切られて、この招かれざる展開を回避する術はどこにもない。 ただ頭上で指先だけが虚しく空をもがく。 悔し紛れに式は口腔を犯す繭亡の舌尖に噛みついた。 「……せめてもの反抗か?」 顔を離した繭亡の唇に血が滲む。 しかし彼はそう呟いただけで、不快に眉根を寄せるでもなく、その口づけを首筋へと落としていった。 「噛まれたのか、繭亡」 隹が喉の奥で低く笑う。 強引に式の顔を自分の方へ向けさせると、まだ繭亡の息遣いが残るその下唇に喰らいついた。 「……ッ」 滑る舌先が激しく絡んでくる。 互いの唾液が溢れて下顎へと滴り、露骨な水音が静寂に響き渡る。 血を屠る吸血鬼のように繭亡は首筋の柔らかな皮膚に噛みついては赤い痕を残していく。 式はきつく目を瞑り二人の唇による辱めに耐えた。 「ふ……ッ、ッ」 そう。 二人が退く事は最早考えられないだろう。 嘆かわしいが、もう耐える道しか式には残されていなかった。

ともだちにシェアしよう!