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汝の隣人を愛せよ/エロ隣人×隣人

隣人の男に犯される夢を見、何とも後味の悪い目覚めを迎えた式はしばらくベッドから起き上がれずにいた。 しかも、心もとない手つきで身支度を済ませ会社へ出勤しようとドアを開けると、不運にも通路で隣人が派手な身なりをした女と抱き合っているところに出くわしてしまった。 隣人の男がこうした行為に及ぶのは日常茶飯事で式は見慣れていたはずだった。 しかし夢の残骸が脳裏にちらつき、彼は露骨に眉根を寄せ、不機嫌な態度をあからさまにして勢いよくその場を後にした。 最低な一日の始まりだった。 仕事に身を費やしながらも式は時折夢の残骸に意識を掬われた。 犯されていたというよりも、あれは……。 昼の休憩で熱いコーヒーを飲んでいた式はため息も一緒に飲み込んだ。 時間が経過するにつれて瞼の裏で悪夢は鮮明となっていき、ここぞとばかりに集中力を乱す。 油断すると現実ではあるはずのなかった愛撫が肌の上にまで舞い降りた。 今朝、女の口腔を放埓に弄っていた隣人の唇が背骨を辿る感覚。 首筋に浅く沈んだ歯列の痛み。 滾る欲望を鷲掴みにした掌の力強さ……。 「……どうかしてる」 式の凛とした双眸は曇りっぱなしだった。 パソコンのキーボードを叩く端整な輪郭の指先は止まりがちであったし、普段は怜悧で冷え冷えとさえしている面立ちが急に仄かな熱を孕んで艶めかしく歪み、その違和感に周囲はともかく自らが戸惑って放心する始末だった。 隣人は目が合うと決して自分から反らさない男だった。 言葉を交わしたのは、たった一度くらい。 『あれ、持ってないか』 突然、夜中に部屋を訪れた隣人は挨拶もなしにそう問いかけてきた。 上半身は裸でジーンズのホックは外れていた。 口調は卑しげでもなく実に淡々としていたが、式は、男が何を求めていたのか即座にわかった。 いつもはハーフアップで結ばれているのに解かれた月色の髪。 上気した色白の体。 色濃く漂う、その日に通路で擦れ違った女の香り。 それらが何を指しているのか率直に教えてくれた。 無言で首を左右に振った式に男は不機嫌そうにするでもなく、彼もまた無言で隣室へと去っていった。 あの逞しい体に抱かれて、しがみついて、俺は声を上げていた。 眉を顰めた式は飲み干したコーヒーの紙カップを握り潰した。 悪夢の残骸を粉々にするような思いで、一息に。 その晩、式は自宅近くのバーで夜遅くまで酒を飲んだ。 カウンターの隣に座った女から誘いをかけられると苦笑を添えて一蹴した。 以前の恋人と別れてなかなか期間が空いていた。 今は億劫で、そんな気分にはなれなかった。 隣にあの男がいる部屋に帰りたくない。 ただそれだけの理由で、彼はグラスの氷を琥珀の液体と共に無様に鳴らし続けた。 「こんな時間までいたなんて珍しいね」 「……ごちそうさま、また来る」 閉店間際まで店に腰を据えていた式は定まらない足取りでアパートへ帰宅する。 体に酔いは来たしているが頭の中は醒めている。 階段を何度か踏み外す度に自嘲した。 こんな状況が馬鹿馬鹿しくてならない。 さっさとシャワーを浴びて命が尽きるように眠りたかった。 何の夢も見ずに、昏々と。 暗闇に呑まれて何も考えないでいられるように。 部屋の前に辿り着いた式は鍵を取り出した。 矢鱈と重く感じられる手首を持ち上げる。 鍵穴に、うまく差し込めない。 仕舞いには薄汚れた絨毯の上に取り落としてしまい、舌打ちした。 しゃがみこむと膨大な疲労感に突如襲われてフロアに両膝を突いた。 立ち上がるのが面倒で、いっそ、このまま眠りにつきたいとさえ思った。 そうだ、今なら一片の夢も見ないような深い睡眠に落ちていけそうな気がする。 何もかも忘れてこの睡魔に身を委ねたい……。 「おい」 不意に声が聞こえた。 同時に、遠慮ない力で立たされる。 「何してる」 混濁していた意識を呼び覚ます程に強い力だった。 途端に、彼の五指に締めつけられている腕が熱くなった。 腕から心臓へ、心臓から全身へ、熱が急速に満ちていく。 式は霞がかかっていた眼を見開かせて目前に立つ隣人の男を凝視した。

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