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Two end/実験体×追跡者

■研究所に隔離されていた実験体の隹。 ガラス越しに隹を見守っていた警備員の式。 「それが花というやつか?」 「そうだ。まだ蕾だが」 「つぼみ?」 なぁ、隹。 俺達には、こんな出会いしか、なかったのかな。 ■この話にはnormal end・bad endという二パターンの結末があります ■残酷描写、注意 染み一つない真っ白な壁。 靴音を小気味よく響かせる、隅々まで丹念に磨かれたフロア。 天井の角に取り付けられた小型カメラが妙に際立って見える。 部屋の中央に設置された強化ガラスの檻には一人の青年がいた。 「隹」 黒い警備の制服を身に纏う式は革手袋のはめられた手をそっとガラスに添わせる。 彼の呼び声が耳に届いても青年は振り返ろうとしなかった。 「昨日は、すまなかった。非番でここにはいなかったんだ」 青年は沈黙を通す。 しかし、不意にその香りが鼻を掠めると、鋭い双眸を瞬かせて式を肩越しに顧みた。 「お前の見たがっていたものだ、隹」 式の片手には一輪の薔薇が握られていた。 まだ蕾のそれは深紅の色であり、殺風景な白い部屋において最も華やかな存在に値した。 裸足の隹は何もない檻の中を音もなく進み式の正面にやってきた。 「それが花というやつか?」 「そうだ。まだ蕾だが」 「つぼみ?」 「ああ、今は閉じているが直に花が開く。水差しをもらう許可を得たからお前から見える位置にーー……」 隹が痩せた両手をガラスに押しつけた。 普段、滅多に表情を変えない彼の顔つきがいつもと違っていて、式はふと口を閉ざした。 「これがもっと美しくなるのか?」  長身の痩躯。 腰にまで届く灰色の髪。 壁の色と同じ服の下にはたくさんの注射痕が青白い肌に散りばめられている。 「今だって、とても綺麗なのに」 それは式が初めて見る彼の微笑みだった。   その翌日に事件は起こった。 隹は檻を破壊して研究施設の人員複数を素手で惨殺した。 白い壁は鮮血に塗れ、清潔だったフロアには肉片が飛び散った。 「やめろ、隹」 両腕を精一杯伸ばした式はガンホルダーから抜いた銃を彼に向ける。 革靴の底が粉々に割れたガラスを踏んで鈍い音を立てた。 死者は五名。 皆、頭を潰されていた。 顔の判別はどれもつけられない。 噎せ返るような血の匂いに満ちて嗅覚が麻痺しそうだ。 彼は片隅で腰を抜かした白衣姿の研究員に手を伸ばそうとしているところだった。 「やめるんだ」 全身血塗れの彼が肩越しに振り返る。 自分を狙う式をいつもと同じ無表情で見、口腔に入り込んでいた犠牲者の血肉を吐き捨てた。 「どうして、こんな事を……」 様々な試薬を投与された肉体は超人的な能力に目覚めさせられ、兵器そのものに改造されたと聞いていた。 銃など効かないだろう。 だが、逃げ出すわけにはいかなかった。 自分はここの警備隊長だ。 害となる対象には立ち向かわなければならなかった。 たとえそれが彼だとしても。 「どうしてだ、隹」 「どうして?」 次の瞬間、そこにいたはずの彼の姿が消えた。 「!」 彼は瞬きと変わらない速度で目の前に現れたかと思うと容赦ない力で式を壁に叩きつけた。 まるで受け身の取れなかった衝撃に式は咳き込み、痛みに銃を取り落とす。 骨張った手に喉元を掴まれて壁伝いに無理矢理引き摺り上げられ、足が宙に浮いた。 「俺は今まであのガラスは割れないと思っていた」 頭上で呻く式に隹は話しかける。 いつもと同じ無表情で、抑揚のない口調で。 「大嫌いな奴等に何もできないと思っていた。でも、できたんだ。軽く力を入れれば簡単に。もっと早く気づいていればよかった」 「隹」 「あんたのおかげで気づく事ができた」 そう言って彼は斜め下に目を向けた。 呼吸困難に陥りかけている式もぎこちなく視線を下にやる。 そして切れ長な目を見開かせた。 血溜まりの中には毟り取られた薔薇の蕾が。 「花が開くのを楽しみにしていた。それなのに。俺の目の前であいつが踏み潰した」 隹が空いた手で指差した先には一際損傷の激しい死体があった。 脳漿が派手にぶちまけられている。 そばには眼球が一つ転がっていた。 「悲しくて、悲しくて、ガラスを叩いたら簡単に割れた。だから俺はあいつを踏み潰した」 「そんな、まさか」 「一緒に笑っていた奴もそうした。俺は、ここにいる奴等全員、そうしてやりたい。白と黒を着ている奴等、みんな」 そんな、まさか、俺のせいで。 薔薇など持ってこなければ隹にこんな真似をさせずに済んだのか。 「あんたにだけはしない」 罪の意識に冷静な思考を攫われかけていた式は彼を見下ろした。 「あんたは綺麗なままでいてくれ。なぁ、俺はここを出るよ。ここじゃないところに行く」 彼が手を離す。 式は崩れ落ち、気を失う寸前、最後の言葉を聞いた。 「あんたといつかまた会えるといいな、式」

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