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Two end-4-bad end

満開の薔薇に囲まれて彼は蹲っていた。 コートを持て余した小さな体はあまりにもか細く、外気に覗いた肌は透き通るように白い。 まるで誰かが見ている夢のように覚束ない光景。 白昼夢じみた儚さに満ち溢れていて、瞬きした次の瞬間には消え入ってしまいそうで。 追跡用端末の画面に写し出された影を追い、まさかと思いつつも、式と兄妹はここへ辿り着いた。 研究所が所有する植物園の一角へ。 「隹」 式の呼び声を聞いた同行者の兄妹は目を見開かせた。 聞いていた容姿とあまりにも違い過ぎる。 式が思わず零した名前は滅多に動じない彼等を驚かせた。 そこにいるのは小さな子供だった。 式が研究所で最初に見た姿よりも更に退化した幼子だった。 「……成長が加速するんじゃなかったの、式」 真横にいたセラが問いかけてくる。 何もわからずに式は首を左右に振った。 ただ、そこにいるのが隹であることだけはわかった。 姿は違うが心身に伝わってくる。 彼の鼓動が。 そばで佇む複数の気配に気づいたのか、ゆっくりと、彼は頭を擡げた。 「だれ?」 澄んだ双眸に見つめられて式は息を呑む。 以前と同じ青水晶色の瞳に、フードが外れて曝された月と同じ色の髪に、一瞬にして視線を奪われた。 隹の身体はありとあらゆる試薬投与の副作用により急激な進化と退化を遂げて、もう、その命は途方もない負荷を抱えさせられて消滅する寸前だった。 記憶障害も起こり、殆どの過去が抜け落ちていた。 そんな彼が唯一覚えていたものは。 記憶障害も起こり、殆どの過去が忘れ去られていた。 そんな彼が唯一覚えていたものは。 「……どうしてここに……」 すぐ傍らに膝を突いた式を見上げて隹は呟く。 「そのにおい。知ってるから」 「……」 「まえにかいだような気がして……」 呼ばれているような気がして。 式は震える手を彼へと伸ばした。 接近が躊躇われて兄妹は立ち止まったままでいる。 自分達の声も届かない、途方もない隔たりが、二人との間にあるようで。 式はそっと彼を抱き起こした。 「すごく……つかれて……もう、うごけない」 「ああ……もう眠っていい。もう傷つかなくていい」 腕の中の羽の如き重み。 目を閉じると、式の頬へ、涙が落ちた。 「泣いてるの?」 再び目を開けると彼が真っ直ぐに自分を見上げていた。 「このにおいも知ってる……なつかしくて……あったかい」 薄青い脈の浮かぶ腕が空をなぞるように伸びて。 か細い指先が式の頬に届いた。 「泣かないで、式」 式の腕の中で隹は死んだ。 その死に触れて、式は、初めて彼と言葉を交わしたときのことを思い出した。 白い部屋にガラスの檻。 壁と同じ色の服を着た、幼く、青白い、小さな子供は天井を眺めていた。 少年はいつもそうしていた。 絵本も、パズルも、ぬいぐるみもない。 何もないガラスケースの中ではただ虚空を眺めることが彼にとっての遊びだったのかもしれない。 就業規則を一行欠かさず読み、暗記していた式は「実験体と言葉を交わしてはならない」という規則がなかったことに思い至ると。 設置されたカメラに萎縮するでもなく、自然と、檻の中の少年に声をかけた。 「綺麗な目をしているね」 ゆっくりと、青水晶の双眸が、式の方へ。 「クリスタルみたいだ」 「……」 少年はゆっくりと首を傾げ、服の裾を引き摺らせて、式が立つ方へとやってきた。 子供にしては表情の抜け落ちた顔に式は微笑みかける。 少年がガラスに片手を添わせたので、自分も、同じ位置に片手を置いてみた。 「あったかい」 感じるはずもない温もりに、表情を殺がれたまま、少年は頬を寄せた。 ガラス越しに読んでやるための絵本の持ち込みを所長に申請してみよう、そう、頭の中でささやかな計画を立て、式は問いかけた。 「君の名前は?」 「……隹……」 式は亡骸を抱きしめた。 心なき獣。 それは彼以外の人間達だった。 彼の全てを剥奪した、尊い生命を陵辱した、ガラスの檻をつくった、 『白と黒を着ている奴等、みんな』 俺もその一人だ、隹。 今頃気づいてすまない。 もっと早く気づいてあげればよかった。 俺は最後までお前を追うから。 「式?」 「何をしている」 傍観者と成り果てていた傭兵の兄妹は我に返って銃を抜く。 式に二人の声はもう届かなかった。 懐から取り出した銃を隹の小さな両手越しに握り締める。 そして彼は引き鉄を引いた。 自身のこめかみに向けて。   咲き誇った一輪の薔薇に隹は笑顔を浮かべ、開花するように彩られたその表情に、式はそっとキスをした。

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