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Loveless/敵幹部×捕虜
■過去の夢はどれも血の臭気に満ち、誰かの死に溢れていて。
この身は深い罪に溺れていた。
「お前が周りに死を齎すんだ、式」
この男からは死の匂いがする。
俺と、同じ、匂い。
「……」
凍てついた地下室の片隅で今は亡き人の名を式は口にした。
両手首は背中の後ろで手錠に拘束されている。
手負いの身は先ほどまで流血していたが、今は止まったようだ。
こびりついた口元の血が嗅ぎ慣れた匂いを放っている。
配管に頭をもたれさせていた式は舌打ちし、項垂れた。
また守れなかった。
目の前で奪われた。
死という無情な牙に、残酷に。
自身がもっと強ければ救えた命のはずだった。
「式、具合はどう?」
地下室で唯一の出入り口である扉がおもむろに開かれる。
顔を覗かせたのは敵組織における紅一点、セラであり、彼女は片手に粗末な食事を乗せたトレイを持って中へ入ってきた。
「食べて。でないと体力が回復しない」
傍らにセラが跪く。
式は顔を上げない。
今は何をする気にもなれず言葉を発するのも億劫だった。
「お前が食べさせてやるのか、セラ中尉」
しかし次に聞こえてきた声に式は目を見開かせた。
薄れていた殺意が一瞬にして意識を乗っ取り、獣じみた目つきでドア口に立つ敵をねめつける。
佇んでいた隹は唇の片端を吊り上げて笑った。
「それとも犬のように食わせてやるか」
屈強な色白の体躯にミリタリーコートを羽織り、月と同じ色の髪をハーフアップで縛った隹は無造作にセラの足元へそれを投げた。
「餓死を選ばれては元も子もない。前にかけ直せ。妙な動きを見せたら。殺す」
セラがためらいがちに鍵を拾い上げ、式の後ろへと回り込む。
手首に振動を感じている間、式は片時も隹から目を逸らさなかった。
この現状では彼を倒せない。
冷静にそんな判断を下した己の理性と、前へ踏み込みたいという衝動の狭間で激しく葛藤し、少しでも殺意を抑えるために彼を睨みつけたままでいた。
隹もまた式に視線を向けたままでいた。
「お前は俺が殺す」
血臭を孕んだ風が荒野を吹き渡る。
仲間の死の臭いが。
「必ず、この手で」
複数の敵に囲まれた中、深手を負い立っているのが精一杯でありながらも、式は殺気立った眼光を崩さずに言い放った。
鮮血で濡れた全身は冴え冴えとした夜気に嬲られて冷えていたが、身の内では荒々しい炎がとぐろを巻いていた。
吹き付けてくる強風は却って勢いをつけるようで――。
「その前に俺が貴様を殺してやる」
式の眼前に立っていた隹は鋭い笑みで口元を飾り、そう答えた。
頬に走る一筋の傷口からは鮮やかな赤が溢れ落ちている。
式の攻撃によって流れたその血を手の甲で拭うと、彼は不敵にぞんざいに舌先で舐め上げた。
「お前の死神になってやろうじゃないか、式」
まるで死神の振るう刃にも似た残虐さだった。
微塵の躊躇もなしに傲然と相手の命を絶ち、数え切れない死を浴びてきた男。
底知れない深さの罪に半身を囚われた……。
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