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トワイライト・プリズナー/墓守×罪人
■罪を犯した式は不思議な世界へ迷い込んだ。
「何も不思議なことなんかない」
薄暗い人外境を支配する男、隹に誘 われて…………
腐肉を滴らせた亡者が当てもなく墓場を徘徊する。
血の色をした三日月が闇夜を裂いてチェシャ猫の如く地上を蔑み笑う。
生温い風に弄ばれて葉を落とした枯れ木は世にも寂しげな音色の悲鳴を上げ、静寂に不協和音を奏でていた。
漂う霧は朽ちた茨の群れに絡みついて厳かに虚ろに波打つ。
鋭く冷ややかな夜気と共に。
そこは太陽を拒絶した世界だった。
一人の男が傲然と支配する、この世とあの世の境目であった。
「何だ、ここは」
闇雲に町中を突っ走っていた彼は、気がつけば見知らぬ風景の中に彷徨い込んでいることに気がついてぎょっとした。
点在するはずの外灯が一つもない。
いやに広々とした墓場が横手にあり、妖しい月明かりによってぼんやりと浮かび上がっている。
人の気配も物音も皆無で、生温い風が頬の上をひっそりと吹き抜けていく。
干乾びた木々が力なく垂らした枝を雑に揺らしていた。
彼は、式は何度も瞬きして辺りを見回した。
いつの間に町のそばにこんな墓場ができていたのだろう。
いくら正気を失っていたからといって、そんなに離れたわけでもないはずだ。
血のこびりついた両手を目の前に掲げて式は一人苦笑いした。
「罪を犯したための罰かもしれないな」
「そんなわけがあるか」
心臓を鷲掴みにされた心地で式は勢いよく振り返った。
さっきまで無人であったはずなのに、自分の背後に、一人の男が忽然と姿を現していた。
喪に服した姿。
夜目にも月色の長い髪が眩い。
長身で色白の男だった。
「これは罰じゃない、むしろ万に一つの幸運だ」
「は?」
「唯一の逃げ道で新しいスタート、要はリセット地点だ」
突然の出来事に式はまじまじと男を見つめていたが、はたと血に塗れた両手を背中の後ろに隠し、用心深い目つきとなった。
男は式の警戒心をせせら笑って踵を返すと、背中越しに冷ややかでいて愉しげな眼差しを寄越してきた。
「人殺しなんぞここでは珍しくない」
「なっ」
「ついて来い、いろいろ説明してやる」
そう言って男は歩き出した。
式はわけがわからずに束の間立ち往生したが、このまま見知らぬ場所で右往左往するのも何なので、男の後をついていくことにした。
間もなくして凝った装飾をさり気なく誇る墓場のゲートに行き着いた。
男が手を触れたわけでもないのに、閉じられていたゲートは自然と左右に開かれて彼を出迎えた。
舗装された通路には色濃い霧が漂っている。
辺りは真っ白で時折十字架や墓碑が見え隠れし、同時に異様な姿も見え隠れした。
人間とは言い難い、人間によく似た姿形のもので、しかし確実に人間でないと思われる生き物が多数うろついているようだった。
夢でも見ているのだろうか。
もしくは、ここは死後の世界?
不安顔の式は懸念しながらも、霧に紛れそうになる男の背中を見失わないよう、早足となった。
随分と長い通路を歩んでいたら、突然、霧が速やかに晴れてそれは現れた。
古めかしい煉瓦造りの立派な館。
おびただしい蔦が這う壁は歴史をたっぷり吸い込んだような重厚感を醸し出している。
屋根にはガーゴイル、厳しい面構えで玄関先を睨み据えており、なかなかの迫力があった。
両開きの扉は男が触れる前にまたしてもゆっくりと開かれた。
「……」
想像していた以上の古い内装に式は思わず立ち止まった。
「ああ、汚いだろう。掃除係の補充をさぼっていたらこのザマだ」
吹き抜けの天井に吊り下げられたシャンデリア。
扉の真正面にある胸像、大きな絵画、とにかく目につくもの全てに蜘蛛の巣が引っ掛かっている。
明かりのない鬱々とした空間。
絨毯には埃が降り積もっている始末。
どれも値打ち物でありそうなのにこの有様はないだろう。
式は男の管理能力を疑った。
階段を上って通された部屋にはちゃんと照明があり、それなりに片付けられていて、ほっとした。
「そこにかけろ」
革張りの肘掛け椅子を指差され、式は、言われた通りにそこへ腰掛けた。
男は壁際に据えられた書物だらけの机と揃いの椅子に悠然と座り、長い足を組む。
「ここはあの世とこの世の狭間だ」
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