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トワイライト・プリズナー-2
「……?」
「どっちつかずの死霊が集まる場所だ。生前に執着があって成仏できないバカが、ああして墓場をうろついている。あれは肉がどんなに腐ろうと目玉が飛び落ちようと、安寧より未練が勝り、浅ましく活動し続けるゾンビ共さ」
「ゾンビ……」
確かに怪奇映画で見かけるそれとよく似ていた。
しかし直接目にするのは初めてだし、というか、あれは架空の存在なのでは。
「たまに生きた罪人もやってくる」
相変わらず血で両手を汚したままの式を見て男はあからさまに嘲笑した。
「自分の背負う罪の重さに耐えられない何とも不甲斐ない輩がな」
ああ、そういえばまだ血を洗い落としていなかった……。
式は何となく自分の両手を見下ろした。
「もしくは、あまりにも罪を犯しすぎる者」
この感覚が好きなんだ。
べっとりと皮膚についた血がぱりぱりに乾いていくこの過程が。
「おい、聞いているのか、人殺し」
式が男の顔へ視線を移動させる。
男は机に頬杖を突いて青水晶の双眸に宿す冷ややかな眼光をより鋭く光らせていた。
「大したもんだな、何の悪気もなく性別年齢関係なしに二十六人殺して今日まで平然と生活してきたんだから。しかし、まさか」
二十六人目が自分を産み落とした実の母親だったのにはさすがに罪の意識を覚えたか。
「……」
「だが、罪の意識よりも。殺しの快楽が上みたいだな」
バスケットを片手に人気のない路地を歩んでいた女の背中を後ろから一突きし、地面に這い蹲って逃げようとしているところにまたも刃先を振り下ろし、式は二十六人目の殺害を先刻終えたばかりだった。
絶命した女を何とはなしに引っくり返して、右目の下に並んだ三つ黒子を見、式はその被害者が自分の産みの親だと気づいた。
「……そういえばどこか懐かしいと感じたんだ」
「嘘をほざくな。女は生まれたばかりのお前をはした金で酒屋の女主人に売りつけたんだ。懐かしさもクソもあるか」
自分の出生を口にした男に式はぎょっとした。
今の話は育ての親である女主人と自分しか知らない話のはずだ。
何故見ず知らずのこの男が知っているというのだ?
「何も不思議なことなんかない」
男は長い足を組み替えて悠然と言い切った。
「やたら胸のでかいあの豊満女と寝た野郎なら誰だって知っている。俺は偶然その場面を目撃しただけだがな」
「……貴方、一体、誰なんだ」
憮然とした表情で式は問いかける。
「ここはどこなんだ」
「だから言ってるだろう。あの世とこの世の狭間だ」
「貴方は?」
「俺はこの世界の墓守兼支配者だ。名前は隹。以後、お見知りおきを」
隹が手を差し出してくる。
式は条件反射で彼の大きな掌に自分の手を重ねたのだが。
「!」
火で炙られるような痛みに仰天した。
慌てて手を引こうとするものの、人の悪い笑みを浮かべた隹は凄まじい力でもってそれを阻止する。
重ねた皮膚の隙間からは炎が滲み出て互いの顔を照りつけた。
「お前の名前は?」
骨を軋ませる力に反して隹は飄々と笑っている。
式は信じられない熱さと痛みに混乱し、喚きながらも、彼の問いかけに大声で答えた。
「式だ、熱い、もう放してくれ……!」
その瞬間、隹は手を放した。
全力で彼の力に抗っていた式は急に自由を得、その反動で後ろへ無様に勢いよく尻餅をついた。
掌には呪いの刻印。
この屋敷で、屋敷の主と握手を交わし、己の名前を告げたことで完成される永遠の呪縛。
「お前は今日からここの掃除係だ、式」
掌の熱い疼きと隹の言葉に式は眉根を寄せるばかりだ。
意味がわからない。
まだ何一つろくに理解できていないというのに、更に不可解な出来事が上乗せされて、成す術がなかった。
どす黒い刻印の傷口から溢れた己の血が他人の血にばかり塗れてきた掌の上をタラタラと流れ落ちている。
「ゾンビ共はモップをかけた矢先に己の腐肉を零すんだ。使い物にならん」
隹は机に腰掛けるとまたも足を組み、青水晶の双眸をさも傲慢な笑みに浸して脱力している式に命じた。
「俺に仕えろ、強欲なる罪人よ」
その夜から式はあの世とこの世の狭間に鬱々と佇む薄暗き世界で生活することとなった。
ボロボロのメイド服を纏い、顔には雑な縫合の痕があるセクシー金髪女の色目に日々耐え、あの世から時折訪れる淫血症男の牙をやり過ごしながら。
「おい、ここにまだ埃が残ってるぞ、怠慢な掃除係め、夕食抜きにしてやろうか」
そうして主である隹に言いように扱き扱われている。
これこそ今まで己が犯した罪の代償かもしれない。
……些かそれは軽いだろうか。
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