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ねこになりたい/リーマン×擬人化猫耳
■この話は21~27話「ねこになりたくない」154~158話「続・ねこになりたくない」の続編になります
クリスマスの街に雪が降る。
ここぞとばかりにイルミネーションに彩られた冬宵の表通りを猫又の式は裸足で一人歩く。
隹に、さよなら、された。
さっきから大粒の涙が止まらず、風が吹く度に濡れた頬の冷たさが増した。
ぶかぶかのジャケットのフードを目深にかぶった式は涙を拭おうともしない。
俯きがちに、怪訝そうにしている通行人を気にする余裕もなく、当てもなくとぼとぼ歩き続けた。
隹に、捨てられた。
隹に、きらわれた。
『アイツと一緒に暮らしたらいい』
顔も見ずに投げ捨てられた台詞が脳裏に鮮明に蘇り、涙が新たにどっと溢れた。
そんなとき。
傷心に打ちひしがれている式の背中に声が届いた。
「式」
フードの内側で黒猫耳をピクンと震わせ、式は、光り瞬く街角で振り返る……。
「俺と同じ匂いだ」
クリスマスの数週間前に式は彼と出会った。
週末で賑わう昼下がりの街中、自分と同じ猫又の阿羅々木に突然声をかけられた。
「突然何だ、宗教の勧誘なら断る」
式の隣には隹がいた。
棒立ちになっている自分の猫又の華奢な肩を抱き、あからさまに警戒心を剥き出しにし、黒ずくめの阿羅々木を真っ向から睨みつけた。
殺気立ってすらいる男をチラリと見、長髪長躯の阿羅々木は式に視線を戻した。
このひと、知ってる。
この前、隹といっしょにごはん食べてるとき、見た。
「同胞 の匂い。わかるだろう」
阿羅々木に片手を差し伸べられた瞬間、式の耳から喧騒が途絶えた。
あの日、涙ながらに諦めた存在と再会できた喜びに、自身に流れる猫又の血を嗅ぎ取った興奮に、我を忘れた。
「おれとおんなじ……っ」
式はどこか懐かしく思える匂いの中心に飛び込んだ。
ロングジャケットを羽織り、猫耳は自分の意志で仕舞うことのできる、漆黒の髪を背に流す阿羅々木の懐に夢中になった。
隹は。
初めて同胞と巡り会って感極まっている式を目の当たりにし、ありとあらゆる感情が押し寄せてきて、唇を浅く噛んだ。
たった一瞬で、自分が踏み込むことのできない領域を実感させられて、煩わしい虚しさに心を巣食われた。
それから式は阿羅々木に足繁く会いにいくようになった。
「どこでアイツと会ってるんだ」
「神社」
「神社って、隣町のところか、どこの神社だ」
「お魚、いる、いろんないろの」
「鯉のいる池か、じゃあ隣町だな、アイツの家にまで行ってないだろうな、そもそも何やってる奴なんだ、アイツも誰かに飼われてるのか」
「おれだって飼われてない」
仕事から帰れば遊び疲れたかのようにソファでゴロンしている式に出迎えられ、ネクタイも外さずウガイ手洗いも疎かに隹が問い質せば、その答え。
「痛いっ」
黒猫耳を引っ張られて式は怒った。
「こら、噛むな、式」
「おれ痛かった! 隹も痛くする!」
「アイツと毎日会って何してるんだ」
「さんぽ。木にのぼったり。屋根にのぼったり」
「……アイツも猫に変身するのか」
「する。おれよりまっくろ。おれより大きい。おれよりきれい」
「……」
「いたいっ、隹のばかっ、早くごはんっ」
「今日は飯抜きだ」
「ふーーーーッ」
ダイニングテーブルでごはんを食べ終えると、式はすぐさまソファに戻り、毛布に塗れてウトウトし出した。
隹が後片付けを済ませた頃には寝入る寸前だった。
「明日の朝一で風呂に入って歯磨きしろよ」
一年前と然程変わっていない体格の式を毛布ごと抱き上げて隹はベッドへ運んだ。
隹のぶかぶかのトレーナーを着て生足の式は居心地のいい両腕の中で気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「ここでねる」
出会った瞬間から。
阿羅々木とかいう、あの年嵩らしい猫野郎と式の間には絆ができあがっていた。
俺には一生得られない同胞同士の深い繋がり。
「くぅ……」
リビングから寝室へ運ぶ短い間に腕の中で眠りについた式に隹は小さく笑った。
暖房を点け、毛布に包まる華奢な猫又をベッドに寝かせ、羽根布団を肩までかける。
「あららぎぃ……」
おもむろに閉ざされた隹の青水晶の目。
湧き上がった悪感情を瞼で押さえつけ、強引に嚥下し、次に目を開いたときには、猛烈な苛立ちで焦げつきそうになっていた青水晶は何とか鎮火されていた。
「おやすみ、式、俺を置き去りになんかしたら鎖で繋いでやるからな」
覚束ない呼号に物騒な返事をし、隹は、眠れる猫又の頬に寝物語代わりのキスをした。
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