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ねこになりたい-3

いつにもまして華やかで騒がしい夕刻のクリスマスの街。 隹に連れられて買い物に出かけた式は楽しげな人々の狭間に黒ずくめの彼をすぐに見つけた。 「式」 フードが外れる勢いで阿羅々木の元へ笑顔で駆けて行った式の後ろ姿を、隹は、ほんの束の間立ち尽くして見送った……。 クリスマスといえどもさすがに神社の境内はイルミネーションで飾りつけられることもなく普段通りの静寂に満たされていた。 式と隹と阿羅々木、三人で訪れたはずが、今は猫又ふたりで池のそばを歩んでいる。 「俺は向こう見てくる」 式に駄々をこねられて買い物を中断し、散歩に同行した隹は単独行動をとって別の場所をうろついているようだ。 「お魚」 しゃがみ込んだ式は手を叩き、池をスイスイ泳いで寄ってきた鯉らに無邪気に顔を輝かせた。 「いっぱい来た」 「そうだな」 「隹、教えてくれた、こんな叩いたら寄ってくるって、ほんとに来た、すごい、隹に教えたい、どこ行ったんだろ」 池の水面から顔を出して口をパクパクさせる鯉ら。 式は前のめりになって繁々と覗き込み、本人の意思とは関係なしに足を滑らせて落ちそうな気配に、阿羅々木の手は自然と伸びた。 「阿羅々木」 引き寄せられた式はそのまま阿羅々木に抱きついた。 懐かしい匂いを胸いっぱい吸い込んで、頬擦りし、安心できる懐を満喫した。 「あったかい、おんなじ匂い」 「式」 式が顔を上げれば阿羅々木の真っ直ぐな眼差しとぶつかった。 「俺と暮らさないか」 思ってもみなかった問いかけにまぁるく見開かれた切れ長な双眸。 「阿羅々木と? いっしょに暮らすの?」 頷いた黒ずくめの同胞に式は無邪気に問い返す。 「おれと、阿羅々木と、隹と、さんにんで?」 阿羅々木は首を左右に振った。 式は不思議そうに首を傾げた。 「俺はお前と暮らしたい」 同じ血を継ぐ同胞と心安らかな時間を共に過ごしたい。 「あの男はいらない」 今度は式が首を左右に振った。 「阿羅々木、おれ、隹といっしょにいるって、決めてる」 「あの男に助けられたからか」 「それだけじゃないよ」 「……」 「阿羅々木……」 傍目には感情に乏しい無表情のままであったが、寡黙な阿羅々木の淋しさがひしひしと伝わってきて、式は小さく息を呑んだ。 人で溢れ返る雑踏ですぐに彼を見つけ出せたのは。 一番、誰よりも淋しそうだったから。 精一杯背伸びをした小さな猫又は大きな猫又をぎゅっと抱きしめた。 「隹に抱っこされるの、きもちいい」 「抱っこ、か」 「うん、おれ、おれより大きくてきれいな阿羅々木のこと、抱っこできないから、これしかできないから」 「これから大きく、美しくなる、式」 「うん」 さみしくさせてごめん、阿羅々木。 「おれと阿羅々木はずっとはらから」 落日を迎えて足早に遠退いていく太陽。 人足の途絶えた境内の一角、砂利道の上で木枯らしに吹かれて一つになったシルエット。 楠の影から阿羅々木の懐に自ら溺れている式を見つめ、隹は、思う。 永い日々を共に歩むことのできる相手と暮らした方が式にとって幸福なはずだと。 「アイツと一緒に暮らしたらいい」 神社から寄り道もせずに帰宅するなり隹は式に告げた。 ジャケットもそのままに靴下だけ脱いで早速ソファでゴロゴロしかけていた式は頻りに首を傾げた。 実際、隹は阿羅々木と式の会話を聞いていなかった。 自分が踏み込むことのできないふたりだけの領域を改めて見せつけられ、絶対的な疎外感に心を踏み躙られただけだった。 「その方がお前のためだ」 式はずっと愛用していた毛布を意味もなく手繰り寄せた。 不意討ちの不安の渦に一気に呑み込まれて呼吸の仕方を忘れそうになった。 「おれ……わがまま言ったから……買い物のじゃましたから……」 隹を怒らせた理由を必死になって探し出そうとした。 「服、たたまないから……ごはん、好ききらいするから……おふろ、ハミガキ、ときどきさぼるから……あと、それから、」 「ここを出て明日から阿羅々木と暮らせ」 アイツがお前に執着しているのは手に取るようにわかる。 きっと受け入れてくれる。 「……」 つい先程、阿羅々木の願いを拒んでいた式は、もう何も言えずに隹の背中をただ見つめた。 捨てないで。 そんな一言も口にできずに代わりに涙を溢れさせた。 「とりあえずお前の服を纏めておく」 隹は寝室へ去って行った。 残された式は毛布に顔を埋めた。 リビングの片隅に置かれたミニツリーは明かりも灯されずにただただ冷え切っていた。 どこにも行きたくない。 ここにいたい。 でも、もう、いられない。 ずっと、今まで、ごめんなさい、隹。

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