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ソリッド・シチュエーション・ロマンス/上級生×下級生

■クラスにやってきた転校生、朗らかな笑顔がよく似合う太陽みたいな和歌葉に淡い想いを抱くようになった式。 誰にも打ち明けずにいた式の恋心を残酷に暴いたのは。 「悪性の腫瘍みたいにあっという間に学内の全細胞に噂が広まる」 学園の頂点に君臨する「プライド」のリーダー、上級生の隹だった。 「あの同級生が好きなんだろ、式」 コクトーの小説を本棚へ戻そうとしていた図書委員の式はピタリと動きを止めた。 創立百年以上の歴史ある中高一貫校の学園において最も古い建造物となる赤レンガ作りの図書館。 夕刻を控えて和らいだ日の光が頭上高くに位置する天窓から穏やかに差し、十字の窓枠がぼんやり浮き上がって見えた。 だだっ広い館内のほぼ中央に位置する受付カウンターから、返却された本が乗ったブックワゴンを押して人気のない奥まで式はやってきた。 極稀にだが、上級生の男女が放課後の逢瀬を過激に繰り広げていることがある。 ガタのきているブックワゴンを木造の床上でわざと音立たせ、咳払いなんかして、式は自分の存在を誇張した。 首を伸ばして背の高い本棚の狭間に誰もいないことを一先ず確認する。 一冊の小説を取り上げ、迷わずその住処へ、ずらりと並ぶ書籍の間に唯一出来上がっているスペースへ帰してやろうとする。 「あの同級生が好きなんだろ、式」 そこへ。 いきなり突拍子もない問いかけを横顔に投げつけられて式は凍りついた。 「ああ、仕事中、驚かせて悪かったな」 通路に立っていた彼は行き先を塞いでいたブックワゴンを退かすのではなく、しなやかな肉食獣の如き無駄のない身のこなしで隙間をするりとすり抜け、式の隣にやってきた。 「ジャン・コクトー。恐るべき子供たち。近親相姦。ダルジュロス。毒薬」 凍りついていた式は隣に立った彼を怖々と見上げた。 「まぁ、何というか。残酷でそそられる話だな」 第一ボタンが外されたダークグレーの制服シャツ、緩められた同色のネクタイ、腕捲りされたフードパーカー。 180を超える長身。 月と同じ色をした短い髪。 室内灯を点しても尚薄暗い館内に青水晶の双眸が不敵に煌めいて見えた。 高等部二年生の隹だ。 定期考査では常に成績上位者に名を連ねる頭脳明晰ぶり、どこにいようと主に異性の目を引く精悍な顔立ちで才貌両全、しかしながら品性下劣、学園で最もスキャンダラスな生徒であった。 中等部二年生の式も入学当時から隹の存在だけは知っていた。 「いつ来ても陰気臭い場所だと思わないか、天井裏に蝙蝠でも巣食ってそうな感じだ、もしくは先代の理事長の亡霊とかな」 学園の頂点に君臨する最上層グループを率いる彼とこれまで会話したことなんか、一度も、ない。 どうして急に、こんな馴れ馴れしく? それに、さっき、彼は何て言ったーー 「和歌葉(わかば)が可愛くて仕方ないみたいだな」 脈絡のない話で不安を煽っていたかと思えば致命傷を狙う刃が一閃し、式の心は再び切り裂かれた。 和歌葉は式のクラスにやってきた転校生だった。 転校初日、面倒見のいい式の友人らに古めかしい学び舎を案内された和歌葉はすぐに彼らと打ち解け、グループの一員になった。 『式の目ってきれいだね』 人懐っこく、物怖じしない性格の和歌葉は同じグループに属する物静かな式にも親しげに話しかけてきた。 『また難しそうな本読んでる、式って頭いいんだね、宿題も予習復習も欠かさないし、忘れ物しないし、おれも見習わなきゃ』 思ったことをぽんぽん口にする、屈託のない朗らかな笑顔がよく似合う、眉を顰めていたはずの堅物教師も優等生らもつられて笑ってしまう、単純で、純粋で、まっすぐなクラスメート。 式にとって和歌葉は眩い太陽みたいだった。 彼の隣にいると、いつも爽やかな風が吹き抜けていくようで、とても居心地がよかった。 いつまでも隣にいられたらと、淡い想いを胸に抱いて、秘かに恋い焦がれた……。 「あの窓、十字架みたいだ」 隹は中途半端なところで途方に暮れていた本を式の代わりに奥まで押し込んだ。 目まぐるしく移り変わる話術に弄ばれて混乱している式を尻目に天窓を指差す。 「同級生によからぬ欲を抱いたお前を断罪する十字架」 隹が指差した方へ素直に顔を向けていた式は思わず戦慄した。 今、過激な噂越しではなく初めてまともに接触した隹が、自分が現在ひた隠しているはずの本望をさらりと言い当てたことに絶句した。 どうしよう。 おれの気持ちが和歌葉に知れたら、きっと、軽蔑される……。 「心配するな、式」 天窓を見上げたまま立ち竦んでいる式に隹は囁いた。 発達途上にある細身の体にセーターを纏い、ネクタイをきちんと締めた式の、そこはかとない厭世観をちらつかせる切れ長な双眸を真上から覗き込んだ。 「誰にも言わないでおいてやる。もちろん愛しの同級生にもな」 普段から伏し目がちでいる式の(おとがい)に蛇さながらに絡みついた指。 並列する本棚の狭間にそれまで流れていた日常が不意に鎌首を擡げ、非日常なる異変に我が身が呑まれかけていることにやっと気がついた式は、真上に迫った青水晶を見た。 「俺とお前だけの秘密だ」 同級生への淡い想いを罪と見做した唇は軽々しく主文を言い渡し、怯える唇に裁きのキスをした。

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