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ソリッド・シチュエーション・ロマンス-3
何度か利用したことのある保健室は学園の一部でありながら、どこか日常生活から切り離された独自の空間に感じられ、式にとって最も安心できるオアシスだった。
滑らかな声色が癒やし効果を齎す養護教諭は式にベッドでの静養を促し、長居したがる保健委員や心配する和歌葉は教室へ戻るよう指示した。
渋々退散していった友人らをベッドから見送り、仕切りのカーテンが閉ざされると、自然と眠気が押し寄せてきて式は目を閉じた。
みっともない周章へと至らせた邂逅は一先ず意識外へ追いやった。
横並びのベッドはそれぞれカーテンで仕切られており、他に休んでいる生徒がいないこともあって普段以上にリラックスできた式は、不安も忘れて束の間の眠りに落ちた。
誰かに髪を梳かれている。
唇の代わりに指先で紡がれる子守唄。
ひどく甘やかな愛撫が綴られる。
「ん……」
式は寝返りを打った。
うっすら開いた唇から気持ちよさそうに吐息を零す。
眠りと現実の狭間で心地よい微睡みの揺り籠に意識を預けていた式はつい彼の名を口にした。
「……和歌葉……」
口にした瞬間、我に返った。
直ちに現実へと帰還し、閉ざしていた瞼を慌ただしげに持ち上げてみれば。
「夢の中で愛しい同級生と同衾中に邪魔したな、式」
隹がいた。
いつの間にオアシスに侵入していた上級生は清潔な寝具に塗れて硬直した下級生をまっすぐ見下ろしていた。
「な、何して……先生は……?」
「保健室の先生には十分のお暇を出してやった」
糊のきいたシーツや枕にしみついた洗剤の香りが鼻を掠める保健室に二人きり。
「本当に熱でも出たのか」
額にあてがわれかけた隹の手を式は反射的に振り払った。
「出てないっ……今、何時、もう授業に戻らないと」
「まだ二限目の最中だ、もうちょっとゆっくりしていけよ」
「貴方は……いつからここにいたんだ」
「お前が幸せそうに同級生を連呼してる頃から」
恨みがましげに睨まれた隹は痛くも痒くもなさそうに一笑してみせた。
起き上がりかけていた上半身に手を伸ばし、セーターを脱いでいた式をベッドへ押し戻す。
革靴を履いたまま瞬時にベッドへ乗り上がると、俊敏なな動作にろくな抵抗もできず呆気にとられている彼に覆いかぶさった。
「な、何して」
目を見開かせて凝視しているしか術がない式に愉悦する。
「お前にレクチャーしてやる」
「は……?」
「あの同級生を如何にして押し倒しモノにするか、一通りの作法をな」
「っ……そんな野蛮なことしない!」
「しー。大声出したら人が来る。こんな野蛮なところを見られて何て説明する? 悪性の腫瘍みたいにあっという間に学内の全細胞に噂が広まる」
「おれは別に何もっ、そっちが勝手に……!」
違う、この反応は駄目だ、零点どころかマイナス判定だ。
すこぶる性質が悪いこの上級生はおれが慌てたり、怒ったり、困ったり、情けなくなる様を楽しんでる。
「暇潰しのゲーム相手なんか掃いて捨てるほどいるくせに」
最悪の目覚めを迎え、真上にのしかかられて不穏な動悸がしている式は、冷静を努めてそっぽを向いた。
そう、できる限りリアクションしない、無関心でいることが最大の防御……だと……思う。
不慣れなシチュエーションにおいて、プライドを率いるリーダーとの接し方にまるで自信がない式は無関心を押し通そうとしたのだが。
ギシリ
「え……?」
四つん這いになっていた隹が姿勢を低くし、肌身に直に触れた息遣いにどきっとした、次の瞬間。
第一ボタンが外されて無防備な首筋にキスされた。
柔らかな急所を易々ととられた。
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