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ソリッド・シチュエーション・ロマンス-5
「式も和歌葉もかわいくてちっちゃいのはいいけれど、もっと育たないと、ほら、ターキーサンドにベーグルサンド、スコーンも食べて、ラズベリーにレモンにあんず、どのジャムにする?」
冗舌なセラに畳みかけられるように矢継ぎ早に話しかけられて式は無意識にゴクリと息を呑んだ。
昼休みの中庭だった。
頭痛は治まったものの、三限、四限と身の入らない午前中の授業を終えて友人らとカフェテリアへ向かっていたところ、廊下で待ち伏せしていた彼女に襲われ……ではなく、ランチのお誘いを受けた。
『俺は遠慮しとく』
『おれも~……食べてすぐ吐いちゃうかも』
北と宇野原は辞退し、断るとプライドのリーダーが何を仕出かすかわからなかったので式はやむなく誘いに乗じ、和歌葉はご馳走されると聞いてついてきた。
整然と刈られた芝生にはベンチが点在し、天気のいい穏やかな真昼、爽やかな風を浴びながら昼休みを過ごす生徒が多数見受けられた。
プライドの面々はほぼ中央に聳えるクスノキの木陰で周囲の視線もどこ吹く風でのんびり寛いでいた。
「太らせて食う気満々でいる魔女みたいだな、セラ」
隹に至っては早々とホットドッグとチリバーガーを平らげると芝の上に横になって、自宅のリビング並みにリラックスしきっていた。
「いちごジャムある?」
「もちろん、ハイどうぞ、大きく美味しく育つのよ、和歌葉。式はどれにする?」
隹の悪ふざけに乗っかってセラは冗談まじりに和歌葉にスコーンを渡し、彼らのノリについていけない式は丁重に断り、自分で作ってきた玉子サンドをもそもそ食べた。
「デザートは? 飲み物は? 午後のおやつは?」
「ありがとう、セラ、でもいらないから」
「式って奥床しいのね、それに優しい匂いがする、良妻賢母の香りみたいな」
「……多分、保健室のシーツの匂いだと思う、あと嗅がないでほしい」
「下級生の奥床しさを見習って胡坐をやめたらどうだ、セラ」
吸血鬼じみた蝋色の肌、艶やかな深紅の唇に炭酸水を含んで、お行儀が悪い妹のセラに繭亡は肩を竦めてみせた。
隹と同じクラスにいる彼は実のところ一つ年上、本来ならば三年生であるはずだった。
過剰に少ない出席日数が問題で中等部の時分に留年し、翌年入学してきた隹と一年生を繰り返すことになった。
「式、風上にいると鼻の利く妹に全て嗅ぎ取られる」
全て嗅ぎ取られるって、何だか怖いな、どういう意味だろう……。
真面目そうな繭亡にからかわれているとも知らないで式が真剣に考えているとき、だった。
気紛れに会話に参加していた隹がのそりと身を起こしたかと思うと、緩やかな身のこなしで移動、そしてまた悠々と寝そべった。
式の膝を枕にして。
「あ、あの……」
「その枕、私もほしい、後で貸して?」
「お前はそこの小さい奴に抱き枕にでもなってもらえ」
「おれ今から大きくなるもん」
「あ、和歌葉って最高の抱き心地、頬もすべすべしてて安眠効果ありそう」
「セラ、やめないか」
繭亡とセラの兄妹、なかなか神経が図太い和歌葉は然して驚くでもなかったが、式本人は突然の膝枕強要に動揺していた。
中庭全体の空気もざわりとさざめいた。
プライドに紛れ込んでいる見慣れない新参者に対するリーダーの砕けた扱いに多くの傍観者らは目を奪われていた。
「隹、あの、みんなが見てる」
「だから何だ。俺は何にも縛られないで自由にやる」
なんてわがままな非常識上級生だろう。
傍観者らの視線が四方から突き刺さり、いたたまれずに困り果てる式を余所に隹は板についた知らん顔で昼寝を続けた。
「次の授業は俄然やる気に漲る体育だから、私、そろそろ行くわ」
「え」
最初にセラがピクニックに用いるようなランチバスケットを持って校舎へ戻って行った。
「式、次移動だし、おれ達もそろそろ行かなきゃ」
「……隹、あの」
式が声をかけても、肩を揺さぶっても、反応ナシ。
「繭亡……さん、この人を何とかしてください」
頼みの綱である繭名に頼めば端的な返事が返ってきた。
「隹は誰にも縛られないから」
端的な返事にショックを受けている式の前で和歌葉を立ち上がらせ「仕方ないから生贄になった式は置き去りにしよう」なんてのたまう。
保健室で二人が付き合っていると聞かされていた和歌葉は、はっとし、お邪魔むしにならないよう気を利かせて繭亡に導かれるがままその場を去って行った。
「先生にはおれがうまく言っておくから」
繭亡に肩を抱かれた愛しの同級生の去り際の言葉と笑顔に式は……しょ気た。
違うのに。
違うんだよ、和歌葉。
おれは和歌葉のことがーー
「また泣くのか、式」
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