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ソリッド・シチュエーション・ロマンス-6
「ほんとに……」
「何だ」
「保健室で、おれ……何回も呼んでいたんだろうか、その……彼の名前……」
「それはもう熱烈に」
「っ……」
「一度だけ、な」
澄み渡った空に伸びやかに広がる枝葉の狭間に滲んだ日の光が青水晶をさらに耀かせた。
通過しようとしていた回廊にて下級生の会話を鼓膜に拾っていた隹は、国語総合の授業が行われていた視聴覚室を抜け出し、保健室へ向かった。
顔馴染みで気の合う養護教諭に十分の休憩をもちかけ、眠れる下級生と二人きりになると、些細な愛撫に指先を愉しげに遊ばせた。
「いつか俺の名前を呼ばせてやる」
渋々膝を貸してやっている隹と視線を合わせたくなく、式は、風に葉擦れを起こすクスノキを見上げたまま首を左右に振った。
「俺を隠れ蓑にしてお前のよからぬ欲を隠し通してやったっていうのに、つれない態度だな」
「貴方みたいな人と付き合ってるなんて思われるのは嫌だ」
「へぇ。お前は俺の何を知ってる?」
「わがままで自己中心的で非常識で」
「何人もの被食者を虐げてきた酷な捕食者か」
「……」
「賢そうに見えて浅はかだな、式」
「……うるさい」
「デマを信じるなんて失望した」
予鈴のチャイムが学内に鳴り渡る。
傍観者らは後ろ髪を引かれながらも延長気味のランチを切り上げて中庭を後にしていく。
「無理矢理奪うほど飢えてない、そんな不誠実な男に見えるか」
式は何の罪もない、枝葉越しに零れるようにして覗く青空を睨んだ。
「図書館であんなことしておいてよく言う」
「式」
後頭部に掌があてがわれるなり藪から棒に顔の向きを変えられた。
哀れなまでに狼狽した切れ長な双眸は至近距離から青水晶と対峙して限界いっぱいまで見開かれた。
「俺を見ろ」
鋭い不敵な眼差しが惜しみなく注がれる。
癖のない髪に絡みついた五指の齎す小さな苦痛が脳内にまで浸透する。
「隹なんか見たくない」
どうすることもできず目に涙を溜め、かろうじて憎まれ口を叩いた下級生に傲慢な上級生は腹を膨らませた。
でも、まだ。
まるで足りない。
その血肉に食欲をそそられて堪らない。
午後一の授業が終わって休み時間に入り、特別教室が集中する校舎から自分の教室へぞろぞろ戻り出す生徒達。
「宇野原、制服に絵具ついてるぞ」
「うわぁ、またお母さんに怒られる」
美術室から出てきた宇野原と北、その後に和歌葉も続いて三人は中庭を囲う回廊へ、高等部の上級生も多く行き交う中等部との中間地点を連れ立って進んだ。
「あ」
和歌葉は中庭に聳えるクスノキの傍らに佇むプライドのリーダーを見つけると「ちょっと行ってくる」と前の二人に声をかけ、駆け出した。
他の生徒らが傍観するので精一杯な隹の元を目指す同級生の後ろ姿に宇野原と北は顔を見合わせる。
「もしかしてプライド入り決定とか?」
「え!」
すでに午睡は切り上げて日光浴に興じるかのように一人佇んでいた彼の横へ。
色めく群衆も視界に一切入らない様子でどこか一点を見つめている隹をまじまじと見上げ、和歌葉は、問いかけた。
「式はまた保健室にいるの?」
隹は特に目立った反応をするでもなく「式は五限に出なかったのか」と学年男子で一番小さい和歌葉を見ずに問い返した。
「うん。だから。まだあなたと一緒にいるのかと思ってた」
パーカーのポケットに両手を突っ込んでいた上級生は首を傾げている下級生へやっと視線を走らせた。
「いるさ。これからずっと」
和歌葉はさらに首を傾げた。
それ以上言葉をかけることもなく、学年一の運動能力を誇る隹は華麗な脚力で中庭からあっという間に走り去っていった。
彼が向かった先は高等部棟でも特別教室棟でもない、近々取り壊し予定の旧棟であり、和歌葉は不思議に思う。
もしかして、式、あそこでさぼってるのかな?
でも体調不良以外の理由で授業を休んだりするかな?
「おい、和歌葉ぁ、急がないと遅れるぞ」
「式ならまた保健室にいるんじゃ?」
北と宇野原に呼ばれた和歌葉は、すでに木立の向こうへ消え失せて隹に速やかに振り払われた視線をクスノキの下へ泳がせ、膝枕を強いられて緊張していた式の残像を木漏れ日の狭間に見た。
学内の頂点に君臨するプライドだからこそ引き摺り下ろそうと目論む敵もいた。
いや、敵と言うにはお粗末で実力が伴っていない、嫉妬に自尊心を打ち砕かれ矜持を取り戻そうと闇雲に足掻いている格下の連中だった。
「あれだけ気に入られてるんなら、ぶっ壊されたときの喪失は並大抵のモンじゃない、アイツが悔しがるほどコッチの溜飲が下がる」
痛い、苦しい、暗い、痛い、怖い。
助けて、和歌葉ーーーー
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