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Death by fate/吸血鬼×思春期男子

■血を飲み干す宿命よりも彼と共にいる運命を 深夜のしじまに溶けゆく微かな悲鳴。 「や……だ、嫌だ……やめ……っ」 捩れたシーツに滲む雫。 震える太腿の狭間で執着深い手に搾り出されて途切れることなく溢れて、滴って。 「ぁ……っあ……ぁ」 式はベッドに縋りついた。 華奢な肢体にはサイズの合わないシャツが一枚だけ。 上背ある男に覆い被さられて自由を制限され、その身に宿ったばかりの性欲を暴き立てられて、切れ長な双眸は切なげに濡れていく。 「ここは巣だ、式」 十四歳の式に何の迷いもなく愛撫を捧げる男。 「俺とお前だけの住処。他に誰もいない」 「っ……隹……」 鋭く澄んだ青水晶の双眸で、飢えた眼差しで式を見つめる隹。 かつて式の父親を葬った殺し屋。 彼は吸血鬼だった。 かつて隹が式と出会ったとき。 幼かった式は浴室で飼育されていた。 首輪と口枷をつけられて鎖に繋ぎ止められていた。 政界における然る大物重鎮の性的嗜好なる秘密を握り、フリーランスの記者だった式の父親は、この幸運を逃す手はないと無謀にも相手を脅迫して大金をふっかけてきた。 不毛な交渉を疎んじた大物サイドは仲介人を通じて男と秘密の一掃を隹に依頼した。 腕のいい殺し屋、証拠を残さない掃除人。 元軍人だとか、某国に数年間捕らえられていた捕虜であったとか、この半世紀、噂だけは独り歩きして増殖していった。 ほんの一部の人間にしか素性を知られていない正体不明の死神として隹の存在は血生臭いアンダーワールドに刻み込まれたわけだ。 その夜も隹は速やかに仕事を終えた。 躊躇なく標的を殺害し、殺す前に在り処を吐き出させた、大物重鎮が主演するスナッフフィルム(リアル殺人映像)が無断ダウンロードされた端末を回収した。 前もって何一つ情報が齎されていなかった小さな気配を察していた殺し屋は抜かりなくその命ももぎ取るつもりで浴室を訪れた……。 「シスター。あの子がいい」 乾いた寒空に細い枝を無数に伸ばす冬枯れの木々。 古めかしい孤児院の中庭で北風に負けじと遊ぶこどもらの無邪気な笑い声が穏やかな日差しによく馴染んでいた。 「あの目。とても賢そうだ」 賑やかな輪から外れて一人ブランコに腰かけた少年。 半年前、衰弱した状態で病院の前に置き去りにされていた身元不明の孤児。 施設を取り仕切る女性と和やかに話を交わすサングラスをかけた男。 冷たい浴室から病院の前へ監視カメラに姿を捉えられることなく少年を持ち運んだ張本人。 再会の日。 すでに紡がれていた二人の運命は緩やかに濃密に絡まり合った。 「これからお前は俺の監視下におく」 助手席に深く座り込んでいた式はハンドルを握る隹を見上げた。 「あの夜の出来事を誰かに話そうものなら、その時は、お前も相手も殺す。ああ、それから俺は人間じゃあない。吸血鬼だ。名前は隹。好きなように呼べ」 孤児院でもらった動物のヌイグルミを抱っこしていた式は切れ長な目をパチクリさせた。 「お前の父親以外にも何人もの人間を殺してきた」 サングラスをかけた隹は六歳の少年に秘められていたはずの自分の正体をペラペラ明かす。 「この世に生を受けて数世紀に渡るが、子育ては初めてだ、まぁお前は根が利口そうだし手がかからないみたいだから何とかなるだろ」 式はまじまじと隹を見上げた。 サングラスの下で青水晶の双眸を常に燦然と煌めかせている吸血鬼を。 「きゅうけつきって、なに?」 無垢なる彼に隹は言う。 「いつかちゃんと教えてやる」 その日、高層マンション上階の自宅に初めて式を招いた夜。 「ここは巣だと思え、式」 黒を基調としたシックなバスルームで式の頭を洗ってやっていた隹は言う。 「外敵を寄せ付けない、俺とお前だけの住処だ」 バスルームに入れずに脱衣所でしゃがみ込んでいたところを、隹に手を引かれ、生まれて初めて湯船に浸かった式。 強張っていた体の節々が解されていく。 ほっとするような暖かさに、髪をまさぐる無造作な手つきに、ウトウトと眠気を誘われる。 「俺がお前を守ってやる」 「隹は」 「ん?」 「ひとごろし、なのに。おれを守るの」 「ああ。他の奴に横取りされないようにな。お前は俺の獲物だ。どこか痒いところはないか?」 ふわぁ、と欠伸をして、転寝を始めた式をバスタブから抱き上げる。 バスタオルにしっかり包んでそのまま彼のために設えた部屋へ。 ヌイグルミがいっぱいのベッドに丁重に横たえた。 「隹は。おれのこと、つながないの……たたいたり、けったり、しないの……」 パジャマを着せ、毛布と上布団をかけ、服を腕捲り足捲りさせたまま添い寝した隹は深い眠りに落ちかけている式に囁きかけた。 「お前を虐げた男は俺が殺して地獄に突き落としてやった。だから安心して眠れ、式」 間接照明が淡く灯る部屋で子守唄じみた罪の告白を口ずさんで、吸血鬼は、式の額におやすみのキスを。

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