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Death by fate-2
優しく緩やかに月日は流れていくかと思われたが。
「おい、式」
「……」
「タダイマも言えなくなったか、お前」
中学校に上がってからというもの隹に対して露骨に素っ気なくなった式。
思春期・反抗期の到来か。
ブレザーの制服を着用した彼が冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、始終無言のまま自室へ戻っていくのを視界の端で見送って、隹は肩を竦めてみせた。
「可愛げのねぇ」
同じソファに優雅に腰かけていた男は薄く笑う。
「高校は寮で生活させるといい」
仲介人であり同胞でもある、つまり自分と同じく吸血鬼に属する美丈夫の繭亡の言葉に隹はさらに肩を竦めた。
「他人の家の事情に口を出すな」
「その方が彼も自由に伸び伸びと人生を愉しめるのでは」
「余計なお世話だ」
「冷たいな。そろそろ帰るとするか。明日の仕事、よろしく頼むぞ」
「ああ」
ひとりぼっちの夜は、時々、怖い。
心の奥底で眠りについていたはずの過去の古傷が蘇って瞼を閉じるのも怖くなる。
風が逆巻く荒れたその夜、式は寝付けずに何度も自室のベッドで寝返りを打っていたが、部屋の隅々にこびりつく暗闇に引き摺り込まれそうな錯覚に怯えて、とうとう明かりを点けた。
「はぁ……」
来年は三年生になって、その来年は高校生になるのに。
俺はいつまでも怖がってばかり。
「隹……」
巣にいない隹を呼ぶ。
心細さの余り彼の寝室へ。
少しでもその温もりを得たくて、パジャマ上を脱ぐとサイズの合わない大きなシャツに着替え、冷えたベッドに横になった。
仕事のため隹が家を空けることはよくあった。
ただ、ここ最近になって外泊するようにもなり、その度に式は忘れられない恐怖や淋しさに襲われていた。
俺が中学生になったから、家に一人残しても大丈夫だって、隹は判断したんだろう。
このまま隹が帰ってこなかったらどうしよう。
そんなことあるわけない?
そんなこと誰にもわからない。
スタンドライトの明かりが注ぐ中、式は枕脇に置いていた小さな紙袋を開き、精神安定剤代わりのチョコレートを食べ始めた。
『これ、あまい、これはじめて、おいしい、すごい』
『まだあるから、がっつくな、俺の指まで食うんじゃない』
もしかしたら本当に寮に入れられるかもしれない。
そうなったら、隹が吸血鬼だって、みんなにバラそう。
突き離されるくらいなら殺された方がいい。
構われたい、一緒にいたい、素直になれない、自己嫌悪、自滅、怖い、混沌とした思春期に悩まされているのは隹だけじゃなかった、当人の式も勝手がわからずに毎日ひっそりと嘆いていた。
「ごめん、隹」
巣にいない隹に日頃の無愛想っぷりを詫びて、式は、一人また泣いた。
遠い昔の夢を見た。
「式、また泣いてるのか、この泣き虫が」
たくさんのヌイグルミに見守られる中、眠れずに泣いていた式の元へやってきた吸血鬼。
「ここは巣だ、ここにお前を襲う外敵はいない、悪夢だって俺が喰い散らかしてやるよ、体も頭の中も守ってやる」
「おれは、いつか、隹のエサになるから……隹はおれを守るの……」
「そうだ」
ヌイグルミを抱き締めていた式を抱き上げて物騒な子守唄を囁く。
「非常口すらない悪夢、ベッドの下に潜む幽鬼、人食い魔女、何にだって横取りされて堪るか。お前は俺のものだ。ほら、ハミガキした後だが特別にくれてやる、甘い毒みたいな精神安定剤」
「んむ」
「明日の朝一番にハミガキしろよ、ボロボロの虫歯だらけのエサなんか願い下げだからな」
「もっと」
「お前は俺に似て食い意地が張ってるな」
「家族はバカンスに出ているんじゃなかったのか、聞いていた話と違うぞ」
「風邪を引いた子供一人だろう、お前なら気づかれずに処理できる、何なら共に殺してやれ」
「この仕事はなかったことにしてくれ」
「隹、近頃ワガママが過ぎるぞ」
「俺がワガママなのは数世紀前からだ、今に始まったことじゃあない」
「式」
セピア色の髪を、頬を、ゆっくり撫でられる。
心地いい愛撫に式は小さなため息をついた。
鼓膜に刻みつけられた、物騒で邪悪な子守唄にも勝る優しい掌。
目を開けば新月の闇を纏ったような黒服の吸血鬼がすぐそばにいた。
「……隹……」
夜明けはまだ先だろう、暗い、外では依然として風が咆哮を上げて窓をガタガタと不規則に鳴らしていた。
「……今日、は、泊まりだって……」
「仕事はドタキャンしてやった」
ベッドにわざわざ乗り上がって添い寝している隹に間近に見つめられて、式は、みるみるまっかになっていった。
彼のシャツを着、彼のベッドで丸まり、枕元には食べ散らかされたチョコレート。
弁解の余地も逃げ場もない状況に追い詰められて式は途方に暮れた。
死にたいくらい恥ずかしい……。
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