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Death by fate-3
「俺がいない夜、いつもこうなのか、お前」
恥ずかしさに追い討ちをかけるような問いかけに、我慢できずに、式は頭ごと毛布に潜り込んだ。
「お決まりの黙秘か。狡賢い奴め」
隹は笑った。
毛布越しに聞こえてきた低めの笑い声に、久し振りの抱擁に、耳まで紅潮していた式は何度も瞬きした。
昔とちっとも変らない居心地のいいぬくもりに頑なに張り詰めていた心がほぐされていく。
まだ甘えたい、もう甘えられない、素直な感情とあるべき成長に板挟みになって一段と不器用になっていた少年は毛布の下で恐る恐る口を開いた。
「……おかえり、隹……」
「ただいま、式、久し振りのオカエリ・タダイマだな」
「……俺のこと、高校生になったら、寮にやるの?」
「急な話題転換ときたか」
「俺、寮になんか行きたくない、ここから出たくない」
「そんなにこの巣が気に入ってくれたなんて光栄だ」
今なら言える。
青水晶の目をした吸血鬼にずっと言いたかった言葉。
「隹、俺を助けてくれてありがとう」
もぞりと毛布から顔を出した式は自分の父親を葬った殺し屋に礼を告げた。
「あの日、俺を見つけてくれて、ありがとう」
あの日、小さな式は首輪と口枷をつけられて鎖に繋ぎ止められていた。
冷たいシャワーを浴びせられて凍えた体は痛々しげに痩せ細り、浴槽の中で震え、意識は混濁して掠れた呼吸を繰り返していた。
見るからに不味そうな亡骸寸前のこども。
それなのに猛烈な飢えに襲われた。
饐えた匂いのする淀んだ暗い浴室で骨まで貪りたい衝動に駆られた。
どうしてそれをしなかったのかと言うと。
食欲を上回る欲望に囚われたから。
そう、あの日からずっと俺はお前に囚われ続けてる、式。
「隹……?」
その肉を引き千切って芳醇な鮮血一滴残さず啜り切る代わりに。
「何してるの?」
生きとし生けるものの証となる呼吸に彩られた唇を奪いたい。
「っ……ん……っ……っ……!」
歯触りのよさそうな皮膚を引き裂く代わりに。
瑞々しい肌身の隅から隅までこの掌で辿りたい。
「や……だ、嫌だ……やめ……っ」
清らかな光を宿す眼球を咀嚼する代わりに溢れる涙をこの舌で全て受け止めたい。
「ここは巣だ、式。俺とお前だけの住処。他に誰もいない」
「っ……隹……ど、して……こんなこと……」
「お前を味見してる」
隹は式の純潔なる肉杭を改めて握り締めた。
「あっ」
「想像通り、甘い」
「あ……あ……あ……もう、さわらないで……やだ……」
「お前は? お前だってそのチョコレートを何度も何度も欲しがっただろう?」
「っ……おれは……お菓子じゃない……」
「俺も同じだ、何度だって欲しがる、どこにいようといつだろうと求めて止まないんだよ」
「っ……ほんとにおれのことエサにするの……?」
怯えないでくれ、式。
いとおし過ぎて今すぐにでも牙を剥きたくなる。
「ああ、いずれは、な」
前々から自分を誘ってやまない柔らかな首筋に口づけ、悩ましげな脈動を唇伝いに感じながら、隹は式の肉杭を上下にじっくり撫でた。
体格差があるのは一目瞭然である彼のシャツを乱し、片方の肩を外気に曝し、式は隹の真下で仰け反った。
「こんなこと嫌だっ……こんなこと……したくないよ……っ」
か弱い、いたいけな心臓を頬張る代わりに。
抱き尽くしたい。
「こんなこと続けるなら、おれ、寮に行くっ……ここから出ていくっ」
とうとう過激な口づけが肉杭にまで及び、溢れ出る雫を嬉々として啜り上げる吸血鬼に悔しげに眉根を寄せ、式は涙ながらに精一杯抵抗を試みた。
まるで叶わなかった。
殺傷能力に長けた殺し屋の無駄な贅肉など皆無な筋肉質の体は細い腕による抵抗にビクともしなかった。
「や、だ……ゃぁっ……ぁぅっ……ん、ん、ん……っ」
独りでに跳ねる細腰。
欲深な唇に深々と囚われてさめざめと泣く肉杭。
成す術もなく何度目かもわからない絶頂を強いられた。
「ぁ……っっっ……!」
いっそのこと今夜を初夜にしてしまいたい気持ちもあるが。
極上のメインディッシュはまだ先に。
そのときはお前も俺の宿命の道連れにしてやろう。
「っ……もうやだ……もうやだッ、隹のすけべッ……こんなことするなんて信じられないッ……」
「泣き止め、式、お前の好きなオクスリの時間だ」
隹はチョコレートをいくつか口にすると悔しげに泣きじゃくる式にキスし、口移しで彼に与えた。
黒服に埋まった小さな爪。
業の深い舌に翻弄される柔な唇。
「ん、ン……っ……ぅ……ン……っ……」
可愛い、いとおしい、呪われた心臓を捧げてもいいくらい、たった唯一の、俺の運命。
「俺、高校は神学校に行く」
「ふ。それはまた随分と物騒な第一希望じゃないか、許してやるのか、隹?」
「黙ってろ、繭亡、自分で考えて導き出した進路だ、いいじゃないか、俺は反対しない」
「……」
リビングのソファで寛ぐ吸血鬼二人の内、命の恩人でもある、父親を捌いた殺し屋でもある、自分に狙いを定めてもいる隹を式は睨みつけた。
殺されてもいい、そう思っていた自分を心底詰って叱りつけてやりたい。
隹は大切な人だ。
でも、だからって、俺を丸ごと明け渡すつもりはない。
……あれから毎晩続いてる、すけべなこと、もう嫌だ、下半身がおかしくなりそうで怖くて堪らない……。
「神父になったらなったで旨味が増しそうだしな」
「俺は生肉じゃない!」
自分勝手で、傲慢で、この心臓まで捧げるつもりなんかない、たった一人の、かけがえのない、俺の運命の人。
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