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その死亡フラグはへし折ります-2

「駄目だった」 まるで血管のように上空に枝葉を縦横無尽に這わせて空を遮る原生林の懐で。 式は項垂れた。 仲間の死を一人で確認してきた隹は大木の根元にしゃがみ込んだ彼を見下ろす。 「……せめて何か形見を、家族に渡すことのできる何か……」 「駄目だ、式」 島の至るところにある触手の巣を避け、とうとう二人きりになった隹と式は、三日後に迎えにくる予定になっている漁船を頼りに森の中を逃げていた。 「一ヶ所に身を潜めて留まるのは危険だ、奴等の巣は常に拡大している、俺達も移動を続けないと絡め取られる」 「でも……!」 「千切れた手首と足首を形見として渡すのか」 式は唇をきつく噛んだ。 ボサボサになったセピア色の髪を鷲掴みにして遣り切れなさに耐える彼に隹は言う。 「食べ散らかされた仲間の断片を見るのは俺だけでいい。あんたは在りし日の彼らを覚えていてやれ」 式は切れ長な双眸を大きく見開かせ、腰の高さまである茂みをサバイバルナイフで薙ぎ払って突き進もうとしている隹の後ろ姿を見つめた。 「ッ……怪我したのか」 式に言われて自分が片腕を負傷していることに隹は気がついた。 「そうみたいだな」 「見せてくれ」 「掠り傷だ、どうってことない」 「それは掠り傷じゃない、裂傷だ、出血もひどいし止血しないと、一先ず傷を見せてくれ」 「俺はサンプルじゃない」 名前もわからぬ鳥が頭上で不気味な鳴き声を響かせる。 上陸当時は逐一怯えていたものの、最上級の脅威に遭遇して今はもう恐怖心も麻痺してきた式は気にするでもなく微かに笑った。 「こんなにも危険なサンプルに接するのは生まれて初めてだな」 肩越しに振り返った隹は、島中に群生している薬草を摘み始めた式に、鋭い青水晶の眼をそっと細めた。 出入り口は狭く、天井にぶつからないよう屈んで進んでみれば意外と奥行きのある広い洞穴で、式は隹の手当てに至った。 川の水で血を洗い落とし、口の中で噛んで磨り潰した薬草を傷口に塗り込む。 自分が羽織っていたシャツを惜し気もなくビリビリと引き裂き、包帯代わりに巻きつけた。 「なぁ」 「何だ」 「俺にもしものことがあったら伝言を頼まれてくれるか」 薄暗い洞穴の突き当たり、隹はゴツゴツとした岩肌に背中を預けていた。 Vネックの半袖シャツ姿になった式の潜められた声による頼まれごとに小さく息をつく。 「家族への伝言か」 「そうだ」 「嫁とこどもか」 「生憎ながら俺にはどちらもいない」 ヒビの入った眼鏡を慎重にシャツで拭いている式の言葉に隹は片眉を吊り上げた。 「俺のそばにいてくれるのは、死んだ姉が遺していった、世界で一番かわいい女の子だけだ」 式の姉は「ある奇病」で亡くなった。 姉の忘れ形見である小さな彼女の、小さな指が自分の指に縋りついてきた瞬間から、式は新薬を開発することを決意した。 「彼女に、世界で一番幸せになってほしいと伝えて、」 「断る」 食い気味にバッサリ断られて口を噤んだ式に隹は言い放つ。 「俺もお前も生きて帰るから伝言なんか必要ない」 土くれで片頬が薄汚れ、下唇に血が滲んでいた式は切れ長な双眸を忙しげに瞬かせた。 「そうか、世界一の美女がお前の帰りを待ってるんだな。俺を待ってるのは冷蔵庫で無駄に冷えたビールくらいだ」 頼もしい男が口にした自虐に思わず笑みを零す。 草木がこんもり生い茂る出入り口から滲む光に何となく視線を向け、ほんの束の間の安息に深呼吸し、告げた。 「帰還が叶った際には一杯奢らせてくれ」 そうだ、今なら言えそうだ。 何回もこの命を救ってくれた彼に感謝の言葉を……。 「お前だって怪我してる」 式はせっかくのタイミングをまた逃す羽目になった。 不意に顎を掴まれ、持ち上げられて、至近距離で精悍な顔立ちと向かい合わされて感謝の言葉は喉奥へ引っ込んでしまった。 「落ちたときに噛んだのか」 「え? ああ、これか、これこそどうってことない……」 「消毒しないと」 「え? いや、そんな改まって手当てする必要は……」 べろり、すでに出血が止まっていた下唇を大胆に舐められて式は……唖然とした。 「おい」 「奴等にとっ捕まって宙に逆さ吊りにされたんだったな」 「……あれは、もう忘れたいし、そろそろ離してくれないか」 「あの時のあんた、不謹慎だが、最高にセクシーだった」 何を言い出すのかと呆気にとられている式に隹はキスをした。

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