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ヴァンパイアはあなた-5

「今は眠れ」 夕闇に呑まれた森。 途方もない飢えの犠牲となって干乾びた屍が二つ、茜色に色づいた落ち葉の上に深く埋もれている。 立ち竦んだ少年の目元を片手で覆い、少年が愛する者の欠片に塗れた唇で吸血鬼は命じる。 「嘆きも忘れて、眠れ、式」 父と母の血で赤く汚れた式の首元が枝葉越しに上空に燻る残光を反射した。 我が家に代々伝わってきた御守りだと、母親に首飾りとしてつけられた指輪が淡く煌めいた……。 『いい玩具が落ちてるぞ』 ……まさか再会する日が来ようとは。 『俺とどこかで会ったことがあるか?』 ……あの森で俺とお前は出逢ったんだ、式。 両親の墓に一晩中縋りついて泣き崩れていたお前を俺は遠くから見ていた。 そんなお前が余りにも哀れで、俺は、この牙を封じようと思った。 「俺達の誇りである牙を封じるなんて狂気の沙汰だ」 阿羅々木は真正面から自分を睨みつけてくる同胞の隹を冷め切った眼差しで見返した。 深い森の奥、陰惨な宴が毎夜開かれていそうな佇まいの城。 つい先日まで人類抵抗軍の第一部隊を指揮していた大尉、血化粧が様になる式は凍てつく地下牢の鎖に捕虜として繋がれている。 「お前になら喜んで血を差し出すんじゃないのか」 今、青水晶の目で睨みつけてくる隹と、背後の柱にもたれて悠然と傍観している美丈夫の繭亡の両名に夜な夜な虐げられている。 「……どういう意味だ」 「お前の名を呼んでいたぞ」 「……」 「俺がしこたま犯してやった後、失神する寸前にな」 「もしや私達も与り知れぬ秘められた関係にでもあるのか、お前とあの捕虜は」 軍服を美しく着こなした隻眼の繭亡は腕を組んで艶やかに微笑した。 同階級である幹部クラスの二人の吸血鬼から顔を背け、阿羅々木は、式との過去を事もなげに明かす。 「……かつて俺はあの捕虜の両親を殺した、それだけの話だ」 『俺の家族は吸血鬼に殺された』 隹はただでさえ鋭い青水晶の眼光をより尖らせて顔半分を黒布で覆う阿羅々木を見据えた。 離れたところで佇む繭亡は「お前が最も飽食だった頃の話か」と涼しげに相槌を打つ。 「……あの捕虜はまだ幼かった」 「ふ。だからお前のことは覚えていないと?」 「……うっすら記憶にはあるようだがな」 それだけ言うと長躯の阿羅々木はロングコートを翻してその場から速やかに去って行った。 後ろ姿を目で追っていた隹は舌打ちを。 あの捕虜は仇の吸血鬼だとも知らずに阿羅々木に傾倒しているのか。 牙を封じた、俺のように自分を虐げないアイツを崇高に感じて、心を開いて? 「馬鹿馬鹿しい」 無性に苛立つ隹は思わず吐き捨てた。 「哀れで無様で。いっそ殺すか」 柱にもたれて同胞の独り言を聞いていた繭亡はクスクス笑う。 「何がおかしい、繭亡」 「いや。お前らしくないと思って、な」 いつものお前ならばそう言う前にもう殺しているだろう? 「お前に葛藤なんて似合わない、隹?」 一瞬にして背後へ忍び寄った繭亡に耳元で囁きかけられて隹はもう一度舌打ちし、忌々しそうに見目麗しい吸血鬼を振り払うと彼もミリタリージャケットを翻して調度品に飾られた広間を去って行った。 愉しげに隹の後ろ姿を見送った繭亡も組紐に結ばれた長い赤髪を翻して去り、そして。 夜が訪れる。 闇夜の産物が本能を蠢かせて今宵の餌食を求める。

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